ソロモンの智慧
義を愛でよ。地をさばくものどもよ。よろしきをもて主をおもひ、まごころもて主をもとめよ。
主は主をこころむることなき者に見出され、主に不信ならぬものに、あらはれたまふなり。
よこしまなる思は神を離るれど、ためされしみ力は、こころなきものを、うちまどはす。
智慧は、惡巧の心に、入り來ることなく、罪に賣られし身に住はざるなり。
いましめの聖靈は、いつはりを遁れ、不明の心より立ち去り、不義いり來れば、うちまどふなり。
智慧の靈は、人を愛するもの、冐瀆者を、その唇のゆゑに、不問に付せず。彼のこころばせにつきて神は證をなし、彼のこころのまことなる監督、彼の舌の聽者にいます。
主の靈は人の世に滿ち、すべてを保つ者は、人の聲を知りたまへばなり。
されば、不義をいふものは、誰も見脱がされず、義それをあらはにするとき、これを釋放さざるべし。
敬虔ならぬ者は、そのおもひはかりの中に檢を受け、その言のきこえは主にとどかん。又その不法なる業は、あらはにされん。
嫉妬の耳ありて、すべてを聽き、つぶやきの音は、蔽はれず。
ゆゑに、益なきつぶやきに心し、舌を惡口よりつつしめ。ひそかなることばも空しくは出でゆかず。いつはりをなす口は、たましひを取り去る。
なんぢの、あやまれる生涯によりて死を招き求むな。なんぢの手の業によりて、ほろびをよぶな。
神は死をつくりたまはず。生けるものの失するを、よろこびたまはざるなり。
神はすべてのものを、そのながらへんがためにつくりたまひ、世にある種々のいきものは健けきもの、その中にほろびの毒あらず。陰府の支配地上になし。
義は不死なればなり。
されど敬虔ならぬ者はその手と言とをもて死をよび寄せ、それを友なりと思ひつつ、自らはほろび失す。彼等は死と契約を結ぶ。かかるものの類にふさはしければなり。
彼等は、正しきわきまへなくして、自らいへり。我らの生命は短くして悲み多し。人の臨終には、せんすべなく、陰府より出で歸りしものあるを知らず。
ただゆくりなく我らは生れしにて、この後とても、無きに等しきものにてあらん。我らが鼻の息は煙、理は我らの心動くときの火花、
その消え失する時身は灰となりゆく。かすかなる大氣のごと靈はうすれゆき、
時とともに我らの名は忘られ行く。また、我らの業を憶ゆるものなからん。我らの生命は浮雲のごとくすぎゆき、陽の光に追ひしかれ、その熱にうち負くる、かの狹霧のごとく散りゆく。
我らの生涯は過ぎゆく影、我らの臨終には日延あらず。そは固く封印せられありて、誰とて歸り來るものあらず。
されば、いざ、あるがままなる善きものを樂み、造られしものを用ふるに、若者のごとくひたすらにせん。
價高き葡萄酒と香料とにて我らをみたさん。春の花の我らを行き過ぐるものなからしめん。
薔薇の莟もて我らを冠せん。その萎れゆかぬ間に。
我らの驕樂にあづからぬものあらざれ。いづこにも、我らが歡樂の表象を殘しおかん。こは我らの分、我らの遺讓なればなり。
義しき貧者を我ら壓へん、また寡婦をもゆるさず、年多く經たる白髮をも敬はざるべし。
我らが力こそは正義の律法なれ、弱きは益なきことを明にせらる。
我ら義者を待伏せん。そは彼は我らにとりて無益のものにして、我等の業に反き、律法に罪を犯す我等を咎め、いましめにそむく我らの罪を數へあぐればなり。
我は神につきて知るありととなへ、自ら神の子なりと稱ふ。
彼は我らにとりて、我らが思の卻くるものとなれり。
我らにとりて、ただこれを見るさへも厭はし。彼の生涯は他のものに似ず、彼の行路はいとど異なれり。
彼は贋金として我らを扱ひ、我らの道を、汚れたるもののごとくに避く。義者の終はこれをめでたしとし、神をその父なりなどととなふ。
いざ我ら彼の言のまことなるやを見、彼の臨終の如何なるやを見定めん。
正しきもの神の子ならば神彼を支持し、立ち向ふものの手より彼を救ひ出したまはん。
攻擊と迫害とをもて彼を驗べ、それによりて、彼の柔和を知り、彼の忍耐を知るを得ん。
彼を罪して恥づべき死をも與へん。かれの言によりて、彼を訪れ給ふことあるべければなり。
かれらはかく論じ、それによりて迷ひ出でたり。かれらの惡は、かれらを盲たらしめ、
神の奧義を知らず、聖きの與ふる賃銀を望まず、穢なきたましひに襃美あるをわきまへず。
神は朽ちぬものとして人を創造し、おのが正しき姿の形に作りたまひたるなり。
しかるに惡魔の嫉妬のゆゑに死は世に入り、彼に屬するものどもは、彼を試む。
されど、正しきもののたましひは神の手にあり、いかなる責苦も彼等に屆くを得ず。
わきまへなき者の眼には死にたるものと見え、その去り行くは不運にして、
その我らより離れ行くは、災害なりとせらる。されど彼らは平和の中にあり。
人の眼には罰を受けしとせらるるも、彼等の望は不死にてみつ。
彼等は少のいましめを受けて、大なる善きものをうく。神、彼等をためし、神にかなふものなるを見給ひたればなり。
爐にある金のごとく、彼等をしらべ、完き燔祭の供物のごとく、彼等を受けたまへり。
神訪れたまふ時には彼等光り出で、刈株の中なる火花のごとく飛びまはらん。
彼等は國々を戴き、民等を治めん、かくして主はとこしへに彼等を支配したまはん。
神を信ずる者どもは、眞をさとり、忠實なる者どもは、愛をもて神とともに住はん。恩寵と平和は神の選びたまひし者どもにあればなり。
されどよこしまなるものどもは、その思ひはかりに從ひて報を受けん。彼等は正しき者を輕んじ、また主に反きたるなり。
智慧と訓とをなみするものには災害あり。彼等の望は空しく、その勤勞はいたづらにして、その業は用なし。
彼等の妻はわきまへなく、彼等の子は惡しく、
その生み出すものは、呪はし。汚なくして子なきもの、よこしまのうちに孕みたることなきものは慶たし。神たましひを訪れたまふとき、その果を得ん。
その手にて不法をなさず、主に向ひてよこしまを思ひしことなき閹人はめでたし。いみじき恩寵、彼の忠信によりて與へられ、宮に住ふ、いみじき樂しさをもたん。
よき働は、いとも高き名の果をもち、賢きことの根は絶ゆることなし。
されど姦淫をなすものの子等は、完きにいたらず、道ならぬ床の胤は、その影失せん。
よし永く生くることありとも、取るに足らぬものとせられ、老ひの末にいたる時、譽あらじ。
もし終速に來ることあらば、望をもつことなく、さだめの日になぐさめなからん。
不義なる世の末は常に悲み多し。
子なくとも徳あるは、いとよし。徳のおもひには不死あり。神にも、人にも知らるればなり。
そのあるところ人これに倣ひ、その失せ去りしをさへ慕ひもとむ。その勝利の冠もて世々に進み行き、朽ちせぬ襃美の爭に勝を得。
不信者どもの、憤怒增し加はるも何かあらん。まことならぬ分根よりするゆゑに、根を深くおろさず。かたく留まることなし。
枝をいだしてしばし繁ることありとも、たしかに立つことなきゆゑに、風に搖りうごき、風の激しきによりて、根こぎにせられ、
育ち終へざるに枝は折れさり、その果も冗となり、熟れて食用となることなく、何の用ともならず。
正しからざる床によりて生れたる子等は、神あらはにしたまふ時、その親たちに對ひて惡の證人とならん。
されど正しき人は、假令時みたずして失せゆくとも、安にをらん。
(譽ある老は年多きによらず、齡の數によりて量られず。
人にとりては、さとき心こそ、その白髮にして、しみなき生涯こそ、まどかなる老年なれ。)
神を喜ばすものとなりて、彼は愛せられ、罪人の中に住み居る時、うつし去られぬ。
彼はとり去られぬ。惡の、そのさとりを變へざらんがために。よこしまの、そのたましひを欺かざらんがために。
(あだごとのたくみは、よきものを曇らし、慾情のみだれは、邪なきものをあやまらすればなり。)
彼はしばしの間に完くせられ、長き年月を滿すなり。
彼のたましひは主に悦ばる。されば彼、惡しきものの中より、急ぎてこれを取り出し給へり。
されど民等はかかることをその心におかず。めぐみとあはれみとは、神の選びしものにあり。神はその聖き者を、護り見たまふを知らず、また悟らざるなり。
されど、死にたる義者は生ける不信者を審き、速かに完うせられし若者は、不義なる者の年老いたる、多くの年月を審かん。
彼等は賢き者の終を見ん。されど、神の彼につきて思ひたまへることの、何なるかを知らず、主の彼を保護したまへることの、何なるかを知らざるなり。
彼等は見てこれを輕んぜん。されど主はいたくあざ笑ひたまはん。かくてその後、彼等は譽なき骸となり、死にたるものの中にて限なく除者とならん。
主は彼等を地になげて聲さへも出でざらしめ、その基より搖り動かしたまはん。かくて彼等は、荒れすたれ果て、惱の中にあらん。また彼等のかたみも失せ去るべし。
彼等はその罪の數へ上げられし時、おののきつつきたらん。かくてその無法は彼等をその面前にて罪せん。
その時義者はいと朗らかに立ち、彼を困めたりしものども、彼の働を空しからしめしものどもの前にあらん。
彼等はそれをみて、いたくもおぢおそれ、神の救のすさまじさに心を失はん。
彼等は心を改めつつ自らいはん、また心いたむによりて、うめきいでん。こは、かつて、我等笑ひの種とし、
辱の言ひぐさとしたりしもの、我等愚ものども彼の生活を心狂へるものとし、その終を、榮なきものとなしぬ。
いかにして彼は神の子等に數へられしぞ。また、聖徒の中に嗣業をもつぞ。
まことに我らは、眞の道より迷ひ出で、義の光は、我等に輝かず、陽は我らに昇り來らず、
不法と滅亡の道は我らに滿ち、我らは道なき荒野をよぎり行けり。されど、主の道はわれらこれを知らざりき。
我らの思上は、我らに何を益せしぞ。誇れる富は、何を我らにもたらせしぞ。
これらは皆過ぎ行くなり。影のごとく、また走り行く言傳のごとく、
さざなみする水上を通り行く船のごとく。船過ぎされば、跡も見出されず、波の上にその龍骨の跡筋さへもなし。
また鳥の大氣をすぎ行くごとく、その跡の形さへ見えず。鳥はただ、やは風を、その羽毛によりて打ちうごかし、その動き行く大翼の、激しき勢もてうち裂きつつ飛びゆく。かくて、その後に、その去りし印さへも見出されず。
あるはまた、的に射出されたる矢のごとし。大氣は裂かるれど、また直ちに融けあへば、人はその過ぎ行きしところさへ知らず。
かくのごとく我らもまた、生るるとともに空しくなり、徳のごときは、その示すべき印だにもたず。ただ我らの惡のゆゑに我らは潰えゆく。
不信者の望は風に運ばるるもみがらのごとく、また嵐の前に消えゆく泡のごとく、また風にあふ煙のごとく散らされ、また、ただ一日留まれる客の思出のごとく過ぎ去るなり。
されど義しきものは永遠に生く。またその賃銀は主による。また、彼等についての思慮は至高者より來る。
これによりて、彼は、妙なる王冠と、美しきかんむりとを主の手より受けん。右のみ手をもて、彼等をおほひ、み腕をもて彼等をかばひたまへばなり。
その熱心を、武具として取り、造りたまへるものを、ものの具として、敵をしりぞけたまはん。
義を胸當としてまとひ、へだてなき審判を兜としたまはん。
聖きを、うち難き楯として取りたまはん。
また強きみ怒りを、劍として硏ぎたまはん。かくて、世は主とともに、無情のものとの戰ひにいでゆかん。
電光の箭は、ねらひたがはず飛びゆかん。よく引かれたる大弓よりいづるごとく雲の中よりいでて、的に飛びゆく
石投より出づるがごとく、みいかりの雹は投げ出されん。海の水も、彼等に向ひて、怒り立たん。川々は用捨なく彼等を呑まん。
暴風は彼等に吹き向ひ、嵐のごとく、彼等を吹き飛ばさん。かくて無法は全地を荒地とし、また彼等の惡行は、王位をも覆へさん。
されば王たちよ、聽きて悟れ。地の果までの審士らよ、學べ。
數ある民の上に權あるものどもよ、澤なる國々を誇るものどもよ、耳を傾けよ。
なんぢらの權は主より與へられ、なんぢらの王位は至高者より與へられたるなり。主は汝らの業をたづねいだし、汝らのはかりごとを審きたまはん。
汝らはその國の仕人なるに、正しき審判をなさず。律法を守らず、神のみ旨に隨ひて歩まざればなり。
恐るべく、また速かに、かれ汝らに來りたまはん。高き位にあるものには嚴しき審判を與へらるればなり。
低きにある人は、あはれみによりて赦さる。されど、強き人は、強くたづねらるべし。
凡てのものの權力者なる主は、人をかたより見たまふことなく、大なるものを崇めたまはず。小きも大なるも、ともに造りたまへるは主にして、すべてのものを、等しく慮りたまへばなり。
力あるものの上に來る査はいかめしきものなり。
されば王侯たちよ、我なんぢらに言をあたへん。それによりて汝ら智慧を學び、正しき道より落ちざることを得ん。
聖きものを聖く保てる人々は、自らもまた聖くせられ、教を受けたりしものは、いかに答ふべきかを知らん。
されば、汝の願をわが言の上に置け。これを慕へよ。さらばその誡によりて鍛鍊せられん。
智慧は輝かしくして、衰ふることなく、これを愛するものに容易く見られ、これを求むるものに見出さる。
智慧はこれを知らんとするものに先立ち、まづみづからを知らしむ。
朝早く起きいでて智慧を求むるものは、勞することなし。その門口に智慧の坐せるを、見出すべければなり。
智慧を思ふことは完き悟にして、智慧のために目醒めをるものは、速かにその惱より解かれん。
智慧は自ら行きめぐりて、おのれにふさはしきものを求め、彼等の道にあらはれて惠を示し、いかなる望にも答ふべければなり。
智慧のまことなる始は、誡を願ひ求むることにして、誡を求むることは智慧を愛することなり。
智慧を愛するはその律法を守ることにして、その誡を守ることは、腐敗なきことを慥ならしめ、
腐敗なきことは、人を神に近づかしむ。
されば、智慧をねがひ求むることは國への道を安からしむ。
されば民の君たちよ、王位と王杖とを喜とせば、智慧をうやまへ。さらば汝らの支配は永遠ならん。
智慧の何なるか、如何にして出で來りしかにつきては、我宣ぶるところあらん。奧義を汝らよりかくすことあらじ。されど我は、智慧を創造のはじめより跡づけ、明なる光をもて知らるるに至らしめん。また我は、眞理を過ぎ去らしむることをせじ。
また道にて嫉妬の心をもつがごときことを爲さざるべし。嫉妬は智慧との交を持たざればなり。
されど賢き者の多きは、世の救にして、悟ある王はその民の安きなり。
されば我が言によりて誡を受けよ。かくて汝は益を受けん。
我もまた、よろづのもののごとく、やがては死ぬべきものなり。地より生れたるもの、はじめて造られしものより出でぬ。
人の種の血に合はされ、寢より來る樂によりてつくられ、母の胎にて、十月の中に肉となりぬ。
我もまた、生れ出でては、世の常の空氣を吸ひ、人と同じき地の上に落ちつきぬ。ようづの人と等しく、わがはじめの聲としては世にも同じき泣き聲をいだし、
襁褓の中に育てられ、心づかひの中に守られぬ。
王とても、これと異なれる生涯のはじめをもてるものあらず。
すべての人の生命に入る道のただ一つなるは、その去りゆく時にひとし。
この故に、われは祈をなし、それによりて悟を與へられぬ。神に呼び求めたりしに、智慧の心を與へられぬ。
我は王冠よりも、王座よりも、智慧をよろこび、富もこれに比ぶれば無きにひとしと見ぬ。
また、いかなる寳玉をも、智慧に比べんと思はざりき。すべての金は智慧の前には小さき砂のごとく、銀はその前に土と見らるべければなり。
健康よりも、美しさよりも、我は智慧を愛し、光よりもむしろ智慧をもつことを願ふ。その輝かしき光は、寢ね休むことなければなり。
智慧によりて、よろづの善きもの我に來りぬ。また、智慧の手には、計り難き多くの富あり。
我はこれらの富をよろこぶ、智慧これを導くがゆゑなり。ただ智慧の、これらのものの母たることは我これを知らざりき。
我は何のよこしまもなくしてこれを學びたれば、
我にとりて、智慧は盡きざる寳のごとし。また、これを用ふるものは神と親しむ。戒によりて與へられし賜の故に、彼等は神に喜ばる。
されど我にむかひては、神ねがはくは、みこころに從ひて、いふべきことを賜はんことを。また、我にたまひしものに、ふさはしき思を思はしめたまはんことを。神自ら智慧をも導き、また賢き者を正したまへばなり。
我らも、我らの言も、また悟も、あらゆる巧も神の手の中にあり。
神自ら、あるとしあるものにつける謬なき知識を我にあたへ、世界の組立と萬象の動と、
時の始と、終と、中と、黃道の移と、時候の變と、
年のめぐりと、星の座位と、
生けるものの性質と、野の獸の暴ぶると、風の荒るると、人の思と、草木の種々なると、根のもてる力とを知らしめたまへり。
祕れたるものも、あらはなるものも、我は悉く學べり。
そはすべてのものの造り手なる智慧自ら我に教へたればなり。
惠あり、人を愛し、堅く、また確にして、心わづらはず、力にみち、またすべてを見分け、悟速にして、清く、またいとすばやき人の心をうち貫く。
智慧は如何なる動よりも、その動滑なり。げに、智慧は、その清らかさの故に、すべてのものに滿ち、すべてのものを貫くなり。
智慧は神の息にしてまた力、全能者の榮光の明なるかがやきなり。されば、汚れたるものは智慧の中に入るを得ず。
智慧は永遠の光よりのかがやき、神の働の染なき鏡、神の善きことの像なればなり。
智慧は一つにして、すべてのことを爲す力をもち、自ら保つとともに、すべてのものを新にす。また世々に聖きたましひの中を通り、人々を神の友、また豫言者となす。
神は智慧とともに住む人の外は愛し給はず。
智慧は陽よりも美しく、あらゆる星座の上にあり。光と比べらるる時、その前にあることを見出さるればなり。
光には夜これにかはる。されど智慧には惡の勝つことなし。
智慧は全き力をもて、極より極にいたり、すべてのものを、よきに定む。
我は若き時より、智慧を愛して、これを求めたり。我は、智慧をわが花嫁とせんことを求め、その美しさに魅せられたり。
智慧は神とともに住むものとせられしそのけだかき生に譽あらしめぬ。かくてすべてを支配したまふ主、これを愛したまふ。
智慧は神の知識の奧儀をうけ、神のためにその業を選びいだす。
富は人生においての望ましき持ものなりとも、すべてのものに働く智慧にまさりて富多きものありや。
よし悟は働をなすとも、智慧にまさりて、ありとしあるものを造り出すものありや。
もし人、義を愛せば、智慧の働による果はもろもろの德なり。智慧は自制と悟と、義と、勇氣とを教ふ。人の世に、これらにまさりて益あるものなし。
人、經驗の多きを望むか。智慧は古きを知り、來るべきものをいひ當つ。智慧は言の妙なるを悟り、謎を解くことを知り、また、徴と不思議と、時と期との末を先見す。
されば、我は智慧をわが許にとり、我とともに住はせんと心を定めたり。智慧は我によき謀をあたへ、心づかひと悲の中に、勇氣を與ふるを知ればなり。
智慧の故によりて、我は多くの人々の中に譽を得、若けれども長老たちの中に榮を得。
我審く時、心すばやき事を知られ、王たちの前にあがめられん。
我默す時、彼等我を待ち居らん。我唇をひらく時、彼等我に心をむけ、我かたり續くる時、彼等その手を口におかん。
智慧の故に我は不死をもち、我が後に來る者のために、永遠の記念を殘さん。
我は民等を支配せん。國々は我に從はん。
恐れらるる王たちもわがことを聞かば、我をおそれん。我が民の中に我はよきもの、戰に勇ましきものなるをあらはさん。
我わが家に入り來る時、智慧の許にて憩を得ん。智慧と語る時は、おぞましき事なし。智慧と住む事には苦なく喜と樂とあり。
我これらの事を自ら思ひめぐらし、また我心の中に思をこらして智慧との交の、不死なると、
智慧との交の喜なると、智慧の手の働には盡きざる富あると、智慧とたえず交るは悟なると、智慧の言と親しむは大なる譽なるとを考へし時、われ行きて、如何にして、智慧を我がために取り得んかと求めたりき。
我はよき兒にして、我がためによきたましひを與へられん。
いなむしろ、我はよきものなりしゆゑに、汚れざる體の中に入り來りぬ。
されど我は神與へ給ふにあらずぱ、智慧をもつべきすべなきを知り、(まことに智慧の、たれによりて與へらるるかを知る事もまた悟より來るなり。)主に願ひ、主に求め、わが心のすべてをささげて言ひぬ。
父祖たちの神、あはれみを保ち給ふ主、すべてのものを、その御言によりてつくり給ひし主、
主は智慧をもて人をかたちづくり給へり。人をして主につくられし生物の上に支配をもち、
世を聖と義とをもて治め、正しきたましひをもて、審判をなさしめ給へり。
願くは汝の御座に、汝と共に坐せるその智慧を我に與へ給へ、汝の僕らの中より我を拒み給ふなかれ。
我は汝の奴隸にして、汝の婢女の子なり。弱くして命短きも、審判と律法とを悟る力少きものなり、
されど、人、人の子の中にありて、全かるとも、もし汝より來る智慧、ともにあらずば、彼は數ふるに足らざるものとならん。
汝は、我を選びて、さきに、汝の民の王たらしめ、汝の子女等のために審判を行はしめ給へり。
汝は我に命じて、聖き山に聖所を築き、汝の住み給ふ市に、祭壇を築かしめ給へり。こは世の創より、汝のあらかじめそなへ給ひし聖き幕屋の型なり。
智慧は汝と共にありて、汝の業を知り、世をつくり給ひし時、汝と共にありき。智慧は、汝の目に喜ばるべきものを知り、汝の誡に從ひて、正しき事を知る。
願くは、聖き天より智慧を送り、汝の御座より、命じてこれを來らしめ給へ。さらば、智慧は我とともにありて、勞し、我も汝の前に喜ばるべきを學ばん。
智慧はすべてのものを知り、また悟る。また我がなす事をみちびきて、自ら制へしめ、その榮光をもて我を守らん。
かくて我が業は汝にうけられ、我は汝の民を正しく審き、我が父の王座にふさはしきものとならん。
何人か、神の計畫を知り、主の望み給ふものを考へ得ん。
人の思はたよりがたく、我等の謀るところは敗れ、
朽つる體は、たましひをおさへ、地にある身は、心づかひ多き人の上に重し。
地にあるものを、はかり知るは我等に難く、我等に近きものは、勤勞によりて見出さる。されど、天にあるものは、たれかこれをたづね出ししや。
汝智慧を與へ、また高きより汝の聖靈をおくり給ふにあらずば、たれか汝の計畫を知り得んや。
かくて、地にあるものどもの道は、直くせられ、人々は汝の喜び給ふものの、何なるやを教へられ、かつ智慧によりて救はれたり。
世の最初の父としてつくられしものの一人、つくり出されし時、智慧はこれをその終までまもり、その過てる時、これを助け出し、
これに力を與へてすべてのものを支配せしめぬ。
されど、不義なるものその怒の故に智慧をはなれさりし時、その憤の故に兄弟を殺し、それによりて自ら滅びぬ。
またこのために、地は洪水によりて溺れつつありし時、智慧はふたたびこれを救ひ、小き木片によりて正しきものをみちびきぬ。
また、惡のために相謀りし國々の散らされし時、智慧は義者を知り、これを神の前に罪なきものとしてまもり、その子のために心動きし時、これを強くまもりぬ。
不信者の滅ぶる中に、智慧は義者をたすけ、ペンタポリスに天より火降りし時、彼を逃れしめぬ。
煙たつ荒野は、今もなほその惡を證し、よき實を結ぶ木も、そこには熟することなし。信ぜざるたましひはそこに記念をもち、鹽の柱そこに立ちたり。
彼等は智慧を見過しにしたれば、よきものを認むることあたはず、その愚の記念を人のために世に殘せり。その迷へる所にて、隱るること能はざらんがためなり。
されど、智慧は己に仕ふるものをそのなやみより救へり。
義者のその兄弟の怒より逃れ行きし時、智慧はこれを正しき道にみちびき、これに神の國を示し、また聖きことどもの知識を與へ、その勤勞を榮えしめ、その働の實を多からしめたり。
むさぼりの故に、彼を苦しむる者ありし時、智慧はその傍にたち、これを富ましめたり。
智慧はこれを敵の手よりまもり、彼をかくれ待つ者より救ひて、安からしめ、その烈しき戰の中に、さばき人としてこれをまもり、神に從ふは、すべての事よりも力強きことをこれにしらしめたり。
義者の賣られし時、智慧はこれを捨てず、罪の中より救ひ出しぬ。智慧は獄にまでもともに行き、
縲の中にありて、これを捨て去る事なく、つひに王國の冠をこれに與へ、彼を虐げし者の上に權を與へぬ。また彼を嘲りそしりし者の僞りなるをしめし、彼に永遠の榮光を與へぬ。
智慧は聖き民と汚れなき後裔とを、これを壓ふる民より救へり。
智慧は主の僕のたましひに入り、徴と不思議とをもて、恐しき王たちの前に立たしめぬ。
智慧は聖き人々にその勤勢のむくいを與へぬ。驚くべき道に彼等をみちびき、晝はそのための葢となり、夜はほのほの星となりぬ。
智慧は彼等に紅海を越えしめ、水多き中をみちびきぬ。
されど、その敵をば溺れしめ、深き底より投げあげたり。
されば、義者は不信の者を、掠めうばひぬ。かくて主よ、かれらは汝の聖き御名のために讚美を歌ひ、彼等のために戰ひ給へる汝の御手を、相ともにほめたたへぬ。
智慧は唖の口を開き、幼兒の舌をして、明にもの言はしめたればなり。
智慧は聖き預言者の手によりて、彼等の業を榮えしめん。
彼等は住ふものなき荒野を通り行き、道なき所にその天幕を張れり。
彼等は敵を防ぎ、あたを退けぬ。
彼等渴きたれば、汝によび求めたり。かくて彼等は堅き磐より、水を輿へられ、堅き石によりて、その渴を癒されぬ。
その敵の罰をうけし事によりて、彼等は己が必要なるものに益をうけぬ。
幼見を殺すべき命令に對する罰として、河の流やまぬ泉の、血に變るによりて、敵の悶えし時、
汝は望む所に勝れる多くの水を、民に輿へ給ひぬ。
その苦める渴によりて、汝はいかに敵を罰し給ひしかを、かれらに示し給ひぬ。
彼等の試みられしは、汝の憐によりて戒められたるなり。彼等はそれによりて、不信者が怒をもて審かれ、苦めらるることの如何なるかを學び知りぬ。
これらの民をば、汝その父として戒め、また試み給ひき。されど彼等には、いかめしき王として臨み、これを罰し、これをたづね出し給ひぬ。
まことに遠きものも近きものも、ともになやめり。
そは重なれる悲哀、彼等に及び、すぎ去りしことどもを思ひ出すによりて彼等うめき、
彼等の罰せられしによりて、他のものどもの益せられしを聞きし時、彼等は主の在す事を感じたりき。
古き昔に投げ出され、裸にされしものを彼等は嘲りて捨ておきしが、やがておこりしことのゆゑに驚きぬ。また彼等は義者とは異なれるさまにて渴きぬ。
彼等の不義より來る益なき思ひはかりのゆゑに、彼等は迷ひ出でて、おぞましき腹匍ふもの、また卑しき蟲けらをあがみぬ。その時、汝はそのむくいとしておぞましき生物の多くを彼等におくり給ひぬ。
それによりて彼等は、人が罪をおかせるそのことによりて罰せらるるものなることを學べり。
汝のいと強き御手は、形なきものより世界をつくり給ひしが、彼等の上に多くの熊と恐しき獅子とをおくり、
また新しくつくられし、いまだ知られざりし野の獸にして、怒に滿てるものの、あるものは火の如き息を吹き出し、あるものは音を立てつつ噴出づる煙をはき、あるものはその眼より恐ろしき火花を出し、
そのはげしき權によりて、彼等を喰ひつくすのみならず、ただその眼の恐しさによりて、彼等を滅し得るものを送り出すことを爲し得たまふ。
まことにこれらのものなかりしとするとも、彼等はただ一息にて倒れしならん。正義に追はれ、また汝の權のいきによりて散らさるればなり。されど、汝はよろづのものを度と量と衡とにて定めたまへり。
いかなる時にもいとつよく在すものは汝なりき。汝の御腕の力には、たれかたちむかひ得ん。
全世界は汝の前には衡の上にある種粒の如く、また朝に地に降り來る露に似たり。
されど、汝はすべての人に憐をもち給ふ。なほも汝はすべての事を爲す權をもち給へばなり。汝は人の罪を看過にし、その悔改むるを望みたまひぬ。
汝はありとしあるもののすべてを愛し、汝のつくり給ひしもののいづれをもいとひ給はざればなり。もし憎み給はば汝はなにものをもつくり給はざりしならん。
もし、汝のぞみ給はずば、なにものかその生命をつづけ得んや。汝これを召し給はずば、いかで保たれんや。
されど、汝はすべてのものをゆるし給ふ、これは汝のものなればなり。ああ權の主よ、汝は命を愛し給ふものなり。
汝の朽ちざる靈はすべてのものの中にあり。
それによりて、汝は正しき道よりおちたる者に、次第にその罪を悟らしめ、彼等が罪を犯ししその事を思ひ出さしめて、彼等を戒しめ給ふ。そは、主よ、彼等その惡より逃れて汝を信ぜんが爲なり。
汝の聖地に住みし古き民をば、まことに憎みたまひき。
彼等は魔術と聖からざる祭をなし、惡しき術を行ひ、
(心なくも兒等を殺し、また人の肉と血とをもて、犧牲の宴をはれり。)
あひ結びて敬虔ならぬ交際をなし、又たすけなき己が幼兒を殺せり。されば我等の父たちの手によりてこれを滅すは汝の計略なりき。
そは汝の眼にすべてのものよりもいと尊き地の、ふさはしき植民として、神の僕らをうけん爲なり。
されど、これらのものすらも、汝は人としてゆるし給ひ、汝の軍隊の先驅として虻をおくりたまへり。おもむろに彼等を滅したまはんためなり。
義者の手によりて戰の中に、不信のものを服はせ得給はざるにあらず、また、恐しき獸、またはいかめしき言によりてこれを直に退け得給はざるにあらず。
ただ、おもむろにこれを罰し給ふ事によりて、汝は彼等に悔改の時を與へ給へり。彼等は生れしより惡にしてその邪は生れながらのもの、また彼等の心は如何にしても變へらるることなく、
初より呪はるべき種のものなりしを、知り給はざりしにあらず、また、彼等の罪に對してこれを罰し給はざりしは、彼等をおそれ給ひしゆゑにもあらざればなり。
たれか、汝何を爲し給ひしや、と云ふものあらんや。またたれか、汝の審判を拒み得んや。たれか、汝のつくり給ひし國々の滅ぶるによりてそしらんや。たれか不義なるものの、仇をむくいんとて汝の前に立つものあらんや。
すべてのものの爲に心づかひし給ふ神は、汝の外にあり得んや。汝は不義なる審判をなし給はざるを示し給ふなり。
汝の罰し給へるものの爲に、汝の御顏の前に、たち得る王侯たちあらんや。
汝は正しくしてすべてのものを正しく治め、罰せらるべきものにあらぬものを罰するは、汝の權にかかはりなきことを認め給ふ。
汝の權は義の始にして、汝がすべてを治め給ふことは、すべてをゆるし給ふことなり。
汝は全き權を持ち給ふを、人の信ぜざる時、汝はその權を示し給ふ。また、これを知るものに向ひては、その誇れる心を亂し給ふ。
されど汝は、汝の權の上に支配をもち、やさしき審判を行ひ、大なる忍耐をもて、我等を治め給ふ。汝の御心のままに、汝は權をもち給へばなり。
されど汝はこれらの術によりて、汝の民を教へ、義者は人を愛し、また、汝は汝の兒らによきのぞみを與へ、人、罪を犯す時、これに悔改を與へ給ふを知らしめ給へり。
汝の僕らの敵となり、死ぬべきものに、汝のむくひ給ふものは、大なる心やりと、ゆるしにして彼等がその惡より逃るべき時と所とを與へ給へり。
まして、汝の兒等は、大なる心やりをもて、汝これを審き給ふ。汝は彼等の父たちに、よき約束の契約を與へ給ひしなり。
されば、汝は我等を戒め給ふ時も、これに萬倍する鞭を、我等の敵に與へたまふ。我等審く時、汝の善を思ひ、また審かるる時、汝の憐を求めんがためなり。
されば、また、愚なる生涯を送れる不義なるものは、汝これを彼等自らの忌むべき行によりて、苦しめ給へり。
そは、彼等はまことに遠く迷ひ出でて、過れる道に行き、その敵にすら、崇められざる獸を神としてとり、愚なる幼兒の如く、欺かれたり。
されば、汝はわきまへなき兒等に爲すが如く、彼等をなだむるための審判をおくり給へり。
されど、彼らは兒等をなだむる教によりて、戒められず、神に相應しき審判を甞めん。
彼等は自ら神なりと思ひたりし生物のゆゑによりて罰せられ、その苦痛の故に憤りたりしが、彼等はそれによりて、さきには知ることを拒みたりしものをまことの神として認めたり。それによりて彼等にもまた、罰せらるることなく、その終來れり。
まことに神を悟らざるすべての人は、生れながらにしてむなしきものなり。眼に見ゆるよきものによりて、彼等は在し給ふものを知る權をもたず、また、その業に目をとむる事によりて、それを造り給ひしものを認むる事を知らず、
ただ、火、風、またはすみやかなる風、𢌞りゆく星、波立つ水、または天の諸星、これらのものを、世を治むる神々なりと思ひたりき。
もし、これらのものの美しさを喜びてこれを神なりとしたりしならば、彼等はこれらのものよりも權ある主は、さらに勝れるものなるを知るべきなり。これらのものは美の最初の創造者によりて造られたればなり。
されど若し、これらのものの權と勢に驚きたるによるものならば、彼等はこれらを造り給ひしものの、いかに力強きものなるかを知るべきなり。
つくられしものの美しさの大なるによりて、人は自らにその最初の造主の姿を思ふなり。
されど、これらの人々もせめらるる所少し。おそらくは彼等も神を求め、神を見出さんと望みつつ、迷ひ出でたりしものなるべければなり。
神の業の中に住みて彼等は心を盡してさぐり求む。されど彼等の見るものの、餘りに美しきゆゑに彼等はその見ることにとらはるるなり。
されど、彼等とても言ひ逃るべきやうなし、
もし、かかる事どもを知る權をもち、事物の道をたづね知るを得たらんには、いかなれば彼等は、これらのものを造りし、權ある主をすみやかに見出さざりしや。
されど、憐むべきは彼等なるかな、彼等は死にたるものの中にその望をおき、人の手の業、よき業をもて造られし金銀、また獸の姿、また無益の石、昔ながらの手による業などを神とよべり。
もし、樵夫が、はこびやすき木を伐り倒し、その皮を巧にのぞきさり、それを美しき形となして、人の世に使ふべき器となし、
その手の業ののこりをやきて、その食物をととのへ、腹ふくるるまでこれを食ひ、
さらにのこれる屑にして何の用なきも、まがれる木片にして節多きものをとり、閑にまかせてまめやかにこれを彫り、閑ある時そのたくみをもてこれに形をあたへ、人の姿に似たるものとなし、
または、卑しき獸に似たるものとし、朱をもてこれに塗り、赤き色に粧ひ、すべての汚點を塗りつぶし、
それに相應しき部屋をそのためにつくり、これを壁につけ、釘をもて堅固にす。
かくしてそれの落つることなきやう心す。その自ら助くるあたはざるを知ればなり。(まことにそれは像にすぎず、他よりの助を要するなり。)
されど己が品物につき、婚姻と兒等との事につきて祈る時、彼はこの生命なきものに、ものいふことを恥とせず。
己が健康のために、この弱きものに呼びもとめ、己が生命のために、この死にたるものに願ひもとむ。また助を要せざるに、この經驗なきものに賴り、よき旅のために、この一足をも動き得ざるものに賴る。
また、ものを得、その手の業のよき成功をおさめんとする時、彼はその手をもて何事をもなし得ざるこのものに、事を成すべき權を請ふなり。
さらにまた、帆舟に乘りて、波立つ海を渡らんとする時、彼を運ぶ舟よりもさらに朽ちたる木片にむかひて呼び求む。
寳を求むる心によりて舟はつくられ、造主なる智慧自らそれを組合せぬ。
父よ、汝の攝理はこれを導きたりしなり。海にても汝は道を與へ、流の中に確なる道を設け給ふなり。
それによりて、汝はいかなる危險よりも救ひ出し給』ふことを示し、術知らぬ人をも、船出せしめ給ふなり。
かくて汝は、汝の智慧のなせる業のむなしくならざるをのぞみ給へり。されば人は小き木片にその生命をまかせ、また筏に乘りて波を越えつつ、安らかに着くなり。
昔、誇れる巨人たちの滅びし時、世の希望は筏によりて逃れ、人のこの中に來るべき種を殘せり。汝の手はその舵を導き給ひき。
義をもち來らす木は幸るかな。
されど、手をもてつくられし偶像は、それをつくりしものとともに呪はるべし。つくりしは彼の業にして、この朽つべきものは神と名づけられたればなり。
この不信をおこなふものと、その不信とは、神ともにこれを憎み給ふ。
まことに彼の業はそれを犯せるものとともに罰せらるべし。
かくて、國々の偶像にも神これに臨み給はん。これらは神の造り給ひしものによりて造られたれど、汚れたるものとなり、人のたましひの蹉、愚なるものの足のわなとなりたればなり。
偶像をつくることは姦淫の始にして、これをたくむことは生命を腐れしむ。
これらのものは、初にあらざりしが、永遠にもまたあらざるべし。
ただ人の空しき譽を求むることによりて、偶像は世に入り來りしなり。されば、その終はすみやかなるものとせらるるなり。
年若きものの死によりて、悲しみつかれたる父は、かくも早く取り去られし子のために像をつくり、いまは、死人なるそれを神として崇め、己がしたにあるものに、奧義とおごそかなる祭とを及ぼす。
かくて、時を經るとともに、この不信のならはしは、いよいよ強くなり、掟として保たれ、王たちの命令によりて彫像は禮拜をうく。
また、遠くすむによりて、そこにてこれを崇むるを得ざる人々は、遠くよりこれに似たるものを思ひ出し、己が崇むる王の見ゆる像をつくり、その熱心によりて居らざるも居るが如くに、へつらふなり。
されど、またこの禮拜はこれを知らざるものによりて、更に高きものとせられたり。これをつくるものの、望と願とによりてすすめられたればなり。
彼は、權威あるものを喜ばしむることあるべきやを願ひ、その術を用ひて、この似たる形を更に大なる美しさに變へ、
民等は、彼の手の業の美しさにひかれて、昨日までただ人として崇められしものを拜むべきものとなすにいたれり。
かくて、これは生命のためにかくれたる危險となりぬ。人は災と暴虐とにとらはれて、傳ふべからざる名を、石と木とに授けん。
彼等の迷へるは神を知ることにかかはるのみをもて足らず、神を知らざるによりて、烈しき爭の中に住みつつ、多くの惡を彼等は平和と呼べり。
おごそかなる祭の中に兒等を殺し、又は祕密なる奧義を營み、又は不思議なる祭禮にことよせて、己を忘れし宴を催す。
彼等はその生活をも、婚姻の聖きをも守ることをせず、裏切ることによる死、または正しからざる産兒による惱を互に與へ合ふ。
かくて、すべての事は混亂の中に、血と殺人と盜と欺と、腐敗と、不信と、さはぎと、僞と、
戰と、うけたるめぐみに對する忘恩と、たましひを汚すことと、性の混亂と、結婚の無秩序と、姦淫と、放埓とに滿さる。
これら名もなき偶像の禮拜はあらゆる惡の始にして、また源、また、その終なり。
彼等は物狂しきまでにうかれ、また僞の預言をなし、不義なる生活を續け、また輕々しく誓ふ。
生命なき偶像におのれをまかせ、惡しき誓をなせども、彼等は渦の己に來るを思はず。
かかる、重なれる罪の故に、正しき禍は彼等に及ばん。彼等は偶像に心おくによりて、神につきて惡を思ひ、聖きを侮りて、僞の中に不義なる誓をなせばなり。
不義なるものの邪に臨むものは、罪を犯すものをかへりみる公平にして、人々が、それによりて誓ふものの權にはあらざるなり。
されど、我らの神よ、汝はめぐみあり、また眞なり、忍耐と憐とをもて、すべてのものを定め給ふ。
我ら罪を犯すとも、我らは汝のものにして、汝の支配を知る。されど、我らは罪を犯さず、我等汝のものなるを知ればなり。
汝に知らるるは全き義にして、汝の支配を知ることは不死の根なり。
我等は人の術の惡しきたくみによりて迷されず、畫師の空しきわざ、さまざまの色に塗られたる形に迷はされざるなり。
愚なるものは、それを見るによりて、慾に導かれ、死にたる像の生命なき姿に、心を動かす。
彼等は惡しきものを愛し、かかる望をもつに相應しく、彼等の爲すこと、望むこと、拜むこと、みなかくの如きものなり。
陶師は、柔かき土をこね、我等のために種々なる器をつくるために働く、また、同じ土より、潔き事に用ふる器と、しからざるものとを、同じ方法によりてつくるなり。されど、いかなるものに用ひらるべきかは、つくるもの自らこれを定む。
また、彼は惡しき事のために働き、同じ土より空しき神をつくり出す。土よりつくられて、ただしばしを經たるものなれど、またしばしにして、己がとられたる土に歸り行くなり。かくて、彼に貸されたる、たましひはこれを返すことを求めらる。
彼は心に思ひわづらふなり。そは、その權の失はるるゆゑにあらず、またその生命の短きゆゑにもあらず。ただ彼は、金細工人と、銀細工人とに向ひて競ひ、また眞鍮をつくるものにならひ、にせものをつくる事を自ら誇るなり。
彼の心は灰にして、彼の望は土よりも價なく、彼の生涯は土塊にも劣る。
彼は己をつくり給ひしものを知らず、彼の中に生けるたましひをふき入れ、生ける靈をあたへ給ひしものを知らざればなり。
彼は、我等の生活を遊戲となし、我等の生涯を求むる祭となす。彼は言ふ、人は惡しき道によるとも、得べき問にものを得べきなりと。
かかる人は、己が罪を犯せるを、すべてのものよりもよく知り、地のものより、脆き器と、彫像とをつくるなり。
されど、彼等はいとも愚にして、幼兒よりもそのたましひ弱く、民の敵にして、これを壓ふるものなり。
彼等は、國々の偶像をもすべて、神なりとす。されど、これらはその眼をつかひて見ず、その鼻によりて息をせず、その耳によりて聞かず、その指によりて持たず、その足は歩むことを得ざるなり。
これらは人のつくりしものにして、自らの例をかりたるものによりてつくらる。人は己が權に從ひて、神を己の如くつくり得るなり。
されど、朽つべきものなれば、その無法の手の業によりて死にたるものをつくり出す。彼は自ら拜むものに勝ればなり。彼は生命をもてども彼等はこれを持たざるなり。
彼等はいとも憎むべきものを拜む。生命なき他のものに較ぶるも、これらは何ものよりも惡しきなり。
また他の生物に較ぶるも、これらは人、これを見んと望む美しさを持たず、神の譽と神の祝福とを失へるものなり。
かくて彼等は、かかるものによりて、その相應しき罰をうけ、多くの蟲によりて苦しめらる。
されど、汝の民の上には、かかる罰にかはりて、惠をほどこし、鶉を食物として備へ給ひぬ。それは食慾の願に叶ふよき味をもてり。
かくて汝の敵は、食を欲すれど、彼等に送られしものの、いとはしさのゆゑに、あるべき食慾さへもいとはしくなれり。されどこれら汝の民は、ただ暫時食の缺けたるに苦しみたれど、いとよき味のものをとれり。
そは、暴虐をもて、民をあしらひたる彼等に、耐へ難き缺亡與へらるるは當然の事なりき。かくて、この民にその敵の苦しめらるるを、見しむるをよしとし給ひしなり。
野獸の恐しき怒汝の民に來り、また彼等が、まがれる蛇の咬みたるによりて、滅びんとせし時、汝の怒はいやはてまで續けられず、
ただ暫時戒のために彼等苦しめられ、救のしるしを與へられ、それによりて、汝の掟の戒を思ひ出せり。
これに、顏を向けたるものは、救はれたりしが、そはただこれを見たりしがゆゑにあらず、すべてのものの救主よ、汝のゆゑによりて救はれしなり。
かくてこの事により、汝は我等の敵に教へて、汝はあらゆる惡より救ひ出し給ふものなるを知らしめ給へり。
まことに彼等は、蝗と蠅の咬みたりしによりて殺され、彼等の生命には癒を見出さざりき。彼等はかかる事によりて、罰せらるるに相應しきものなればなり。
されど汝の兒等は、毒龍の齒すらもこれに勝ち得ざりき。そは汝の憐彼等のありし處をよぎり、彼等を癒し給ひたればなり。
彼等は咬まれたり、そは彼等に汝の命令を思ひいださせん爲なりき。されど彼等は、すみやかに救はれたり。そは彼等、忘却の淵に陷り、汝の惠により、御助より洩さるることなからんためなり。
まことに彼等の癒されしは藥草によるにあらず、また柔ぐる油によるにあらず、主よ、すべてのものを癒す、汝の御言によるなり。
汝は生命と、死との上に權をもち、また陰府の門まで導き降り、また導きのぼり給ふ。
されど人は、よしその惡によりて殺すことありとも、行き去りし靈を返らしむる事あたはず。陰府のうけたりしたましひを再び解放つことあたはず。
されど汝の手は、これより逃るることあたはず。
不信のものは、汝の腕の力によりて鞭うたれたり。かくて彼等は不思議なる雨と、雹と逃れがたき驟雨とに追はれ、また、火によりて滅しつくされたり。
ことに、いとも驚くべきは、すべてのものを消す水の中に、火はなほもさかんに働きしことなり。かくて、この世は正しきもののために戰ふなり。
されどある時は災、その烈しさを失へり。そは、不信のものに向ひてつかはされし生物を燒く事なからんが爲なりき。これを見たるものは、神の審判によりて追はるるなるを知れり。
時にはまた、水の中にても、火はその權を越えて燃えあがれり。そは不義なる地の實を滅さんが爲なりき。
されど、汝はこれらにかはりて、汝の民に、天使の食物を與へてくらはしめ、また、勞せずして天よりうくるパンを備へ給へり。そは、快き種々の香を持ち、何の味にも叶ふものなりき。
その本質は汝の子等に、よき味を示せり。また、喰ふものの願に叶ひ、すべての人の選ぶに相應しかりき。
雪も氷も火に耐えてとけず、それによりて、人々は火が雹の中に焰え、雨の中に輝きて、敵の實を滅すを知れり。
またそれは、正しきものの養はれんがために、己が力をさへ忘れたり。
そは、造られしものは、造主なる汝に仕へ、不義なるものを罰せんがためにその權をのばし、汝に賴るもののためには、これを惠まんがために權を弛む。
されば、その時にもまた、己を種々なる形にて被ひ、すべてを養ひ給ふ汝の惠に加れり。かくて惠は祈り求むるものの願に從ひて與へられぬ。
こは、主よ、汝の愛し給ふ汝の兒等が、人を養ふ實は地より成長せるものにあらず、ただ、汝の御言の、汝に賴るものを待つことを知らん爲なり。
そは、火によりて燒れざりしものは、弱き日光によりて溫めらるるのみにて解けたり。
そは、我等陽よりもさきに起き出でて、汝に感謝すべきを知り、曉の光とともに、汝に祈るべきを知らん爲なり。
感謝の心なきものの賴は、冬の霜の如く、とけ去りて、用ひ方なき水の如く流れ去らん。
汝の審判は、大にして、示すにかたし。されば、戒をうけざるたましひは迷ひ出づるなり。
無法のもの、聖き民をその力の中にとらへたりと思ひし時、彼等自ら、暗きの捕虜として永き世の足械に縛られ、その屋根の下に、きびしくまもられ、永遠の攝理より追ひ出されぬ。
彼等又、ひそかなる罪を犯しつつ、見らるることなしと思ひし時、忘却の暗き幕によりて互にわかたれ、恐しき恐に襲はれ、また幻影によりて心惱みたり。
彼等をおきたる暗き隅も、彼等を恐より護らず、落ち來る音と響とは彼等を圍り、微笑なき、憂の顏をもてる亡靈あらはれぬ。
彼等に光を與ふべき陽の力もなく、星のいと輝ける焰すら、その暗き夜を照らすに足らざりき。
ただ、水より燃え、恐れに滿ちたる火のゆらぎ、彼等にあらはれたれば、彼等は恐れおののきて、彼等の見るものを、その姿よりも、惡しきものと思へり。彼等はこれをみつむることあたはざりしなり。
彼等は力なく横り、魔術を弄び、また、その悟ることなきを恥ぢ戒む。
そは病るたましひより、恐怖と、苦惱とを逐ひ出すを誓ひたりしもの、みつから恐れおののきて惱めり。
惱ましき事によりて、苦しめられずとも、彼等は蟲の匍ひ來ると、蛇の走る音とにより、
恐れおののきて、滅びぬ。彼等は、空を仰ぐことをすら拒めり。そはいつれにも逃るる道なかりし故なり。
惡は内なる證によりて責められ、おぢまどふものなり。また、良心の故に強く壓へられ、つねにいとも惡しき事を、思ひまうくるなり。
そは、恐怖は、理念の與ふる助を捨て去る。
また、心の内より出る待望も少くして、その苦をもたらすゆゑ如何を知らざることを、
彼等は、力なき陰府の隅より彼等に來りし力なき夜の間を、みな同じねむりもてねむれり。
かくて、時には恐しき亡靈に襲はれ、時には、そのたましひのやぶるるによりて、自由を失ふ。思ひまうけざる恐怖、俄に彼等を襲ひたればなり。
されば如何なる人も、その立てるところに倒れ、鐵棒なき牢獄の部屋に捕はれぬ。
農夫なりとも、また牧羊者なりとも、荒野に勞する働人なりとも、みな襲はれ、そのまぬかれ難き苦をうけぬ。そは、闇のただ一つの鎖にてすべてのもの、しばられたればなり。
音立つる風、擴がれる枝なる、鳥の美しき聲、烈しく走る水の落ち行く、激しき音、
なげ下されし岩の、くだくる響、見えざる所に、飛び𢌞る獸等の速き足どり、烈しくうなる野獸の聲、山々の谷より出づる山彦の音、これらはみな、彼等を恐れ縮ましめん。
外なる世は、明なる光によりて照され、はばまれざる働によりていそがしかりき。されど彼等の上には重き夜擴がれり。
これはやがて、彼等のうくべき闇の形なり。されど彼等は、自らに對して、その闇よりも重き闇なりき。
されど汝の聖き民には、大なる光ありき。かくて、エジプト人は彼等の聲を聞けども、その形を見ず、彼等の苦まざりしを幸と思へり。
されど彼等は今、かつて彼等のために苦められし者どもの、彼等をそこなはざるを感謝し、その中違のゆゑに、彼等の好意を求めたり。
汝はその民の爲に、もゆる火の柱を設け、知られざる彼等のための導となし、また、勇ましく出でゆく彼等に惠の太陽となり給ひき。
まことに、エジプト人は光をうばはれ、闇にとらはるるに相應しきものなり。彼等は汝の兒等を、獄に入れたればなり。されど、それによりて律法の朽ちざる光は、人の世に與へられたり。
かくて彼等は聖きものどもの幼兒を殺さんと相謀り、その一人の幼兒の捨てられて、また救はれ、それによりて彼等の罪、明となりし時、汝は、彼等より多くの兒等を取り去り、大水の中に彼等の軍勢を悉く滅ぼし給ひき。
その夜の事につきては、我等の父たちは、始よりこれを知ることを許されたり。こは確にこれを知ることにより、彼等はその依り賴む力によりて、喜を與へられんためなり。
かくて、汝の民は義者の救と、敵の滅ぶるとを待ち望みたりき。
そは、汝、敵の上にむくいをなし給ひし如く、同じ道によりて、我等を汝のもとに召し、我等に榮光を與へ給へり。
よき人々の、聖き兒等は、ひそかに犧牲をささげ、一つ心にて、神の律法を整へたり。こは彼等ともに、聖徒らの受くべき同じき善きものと、同じき患難とを受けんが爲なり。彼等の父たちは、聖き讚歌をささげたりき。
されど敵の叫は、亂れたる聲となりて、響きわたり、兒等のためになげく悲しき聲は、外にまで至りぬ。
僕も、その主人とともに同じ正しき滅にあひ、民も王と同じく苦しみたり。
すべての人は死のただ一つの名となり、その死骸は數へ難かりき。生けるものの數は、これを葬るに足らず、ただ一擊に彼等のよき子孫は滅されん。
彼等は魔術のゆゑに、すべてのものを信ぜざりしが、初兒の殺さるることによりて、民等の、神の子たるを告白せり。
靜なる沈默は、すべてのものを包み、夜はその速なる道を半まで進みし時、
汝の力ある御言は天より、御座より躍び來れり。それは、嚴めしき、武士の如く、滅び行く地の中に來れり。
それは汝の破るることなき戒を鋭き劍として用ひ、立ちてすべてのものを死をもて滿し、それは、天にふるるとともに地の上を歩めり。
やがて、また亡靈は夢の中に、彼等を恐しく惱まし、思ひもよらぬ恐怖、彼等の上に來りぬ。
かくて人々は半死ねるものとして、ここにかしこに、なげいだされ、何故に死ぬべきかを明にせられぬ。
夢もまた、彼等を見出しつつ、このことを豫め示せり。彼等はその苦める理由を知らずして滅ぶることなからん爲なり。
されどまた、死の試煉に逢ふことも、義者の上に來りぬ。また多くの人は荒野にうたれたり。されどその怒は長くは續かざりき。
汚なき人は、これを助くるために急ぎ行き、己が奉仕の武器、祈と、功によるねぎごととをもち來れり。彼は怒を防ぎ、災害を終らしめ、己の汝の僕なるを示せり。
彼は怒にうち勝てり。されどそれは體の力によらず、また武器の鋭きによらず。ただ言によりて、罰する者を壓へたり。それによりて彼は、父たちに與へられし、約束と誓とを思ひ出さしめたり。
死ねる者互に相重りて堆高く倒れし時、彼はその中に立ちて、進み來る怒を止め、生けるもののために道を切り開きぬ。
そは彼の長き衣の上に、すべての世界はあり、父たちの光榮は寳石の四つの列もて造れる飾の上にあり。汝の勢は彼の頭の冠にありき。
これらのものに、滅す者は服し、民等は恐をもてこれを見たり。そは怒の試を爲すのみにて足ればなり。
されど、不信のものには、終に至りて、憐むことなき怒を與へられん。彼等の行くべき道も、神これを豫め知り給ひき。
彼等はその心を變へて、汝の民を行かしめ、彼等をしてその道に急ぎ行かしめたりしが、やがてまた心變りて、彼等を追へり。
かくて彼等、葬の半にあり、また死にたるものの墓にて、なげきをりし時、またも、愚なる計略をなし、自ら願ひて追ひ出しし落人を追へり。
彼等のうくべき滅は、これがため、彼等の上に近づき來れり。かくて彼等は、彼等の上に來りしことどもを忘れ、それによりて彼等を苦むるために、いまだみたざりし罰をうけたり。
また汝の民、驚くべき道に旅を進めたりしが、彼等もまた、不思議なる死に逢へり。
すべてのつくられたるものは、その類に從ひて新しき形とせられ、汝の種々なる命令に從へり。それによりて、汝の僕らは、害をうくることなく護られんがためなり。
やがて、天幕を被ふ黒雲と、初、水なりしものの中より、渴きたる地のぼり來り、紅海より、さまたげなき大路出で、烈しき浪の中より、草多き野の出で來るとを見たり。
それによりて彼等はすべての軍勢とともにこれを通り行けり。これらは汝の御手によりて被はれたるものにして、不思議なる驚くべき事を見たりしなり。
主よ、彼等は馬の如くに、行き廻り、小羊の如くに飛び𢌞りて、彼等の救主なる汝を讚めまつれり。
そは、彼等は、その寄寓し時におこりし事どもを思ひ出ししなり。家畜の産することなくして、地には蝨出で、河は魚なくして多くの蛙を産み出せり。
されど、やがてまた彼等は鳥の新しき種を見たり。彼等その慾によりて、奢りたる美味を求めし時、
彼等をなぐさむるために、海より鶉上り來れり。
また、罪人の上には罰來りしが、それは雷の力をもて、豫め示されししるしによるものなりき。彼等はその惡によりて、苦に逢ひしは正しかりき。彼等がその客に向ひてなせる憎しみは、まことに歎しきごとにてありたればなり。
ソドムの人々は彼等に來りし、旅人をうけざりしが、エジプト人は彼等を益したる客を、奴隸となせり。
しかのみならず、神はソドムの人に、また異なれるさまにて臨み給へり。彼等は異邦人を敵としてうけたればなり。
彼等は初、宴を設けて喜び迎へし、彼等と同じ分前を持つ人々を、恐しき勞役をもて苦めぬ。
彼等は打たれて、その目の力を失ひ、(義者の門にある人もまた然りき、)伸び來る闇によりて圍まれし時、いづれも己が家の門より逃れんとせり。
詩の調はその節によりて異なるが如く、大氣もその形を變へつつ、種々の音を續け行けり。それは、やがて來るべきものの、姿によりて、明に知らるるなり。
渴きたる地の生物は、水の中の生物に變へられ、泳ぐ生物は地の上を歩み、
火は水の中にてその力の勢を保ち、水はその消す力を忘れぬ。
焰もまた、その中にある朽つべき生物の肉を燒かず、また、天より降りし饌は溶くべきものなれども、その氷に似たる粒を、火も溶かすことなかりき。
主よ、すべての事において、汝は汝の民を大ならしめ、彼等に光榮を與へ、彼等を輕くはあしらひ給はず、何時にても、また何處にてもその傍に立ち給ふなり。