路加聖福音書叙言

(一)記者。第三福音書の記者ルカは、原異教人にして、聖パウロの書簡によれば、初は醫を業とせしも、遂にパウロに属きて布教の事業に從ひ、或は其旅行に、或は其前後二回の入獄に、常に、相伴ひたりと見ゆ。其後の事跡は不明なれども、彼がギリシヤ或はアジアに布教せし事は、屡々古傳に散見する所にして、最後には殉教せし者と信ぜらる。

(二)宛名目的及特色。本書は、他の福音書と異なりて、本書の中に尊きテオフィロと書ける、一個人に宛てられたるものなるが、是神に愛せらるる者の意義ある名なれば、假の名を以て一般の信者を斥せるものなりとの説は、昔より一部の人々の説く所なれども、又實際ルカの一友人なりしやも知るべからず。何れにせよ、異教より歸して信者となりし人に宛てられしものなる事は疑なし。蓋記者は、ラビの如き解し易きヘブレオ語をすらも殊更に避けて、之をギリシヤ語に訳し、ユデア人の通暁せる地理的事實を解釈し、ユデア教の風俗などを掲げず、異教より歸したる信者に不快を感ぜしむべき事柄を載せざるなと、是総て彼等の為にしたる事を證するものなり。 其目的は、類本の既に少からざるキリストの傳記あるを、更に詳しく又順序的に叙述して、一向読者の信仰を固めんとするに在り。 本書の特色は其世界的なる所に在り。即如何なる人も如何なる罪人も、イエズス、キリストに於る信仰を以て救を得べき事を示し、殊に姦婦の事件、慈善なるサマリア人及放蕩息子の喩、改心せし強盗の譚など専ら人をして希望あらしむるに効験あるもの多し。尚又イエズスの身に於る人情をも描き、マリア、ザカリア、天使及老人シメオンの賛美歌を掲ぐるなど、特殊の趣味を帯びたる所多し。

(三)区分。本書は凡年代の順序に随ひて認められ、分ちて四篇とすべし、第一イエズスの幼年及私生活(一章二章)、第二ガリレアに於る布教(三章一節乃至九章五十節)、第三イエズスエルザレムへの最後の旅行(九章五十一節乃至十九章廿一節)、第四イエズスの受難及復活(十九章廿九節乃至廿四章)、是なり。尚詳細は目録に就きて見るべし。

(四)思想及語法。古傳には、ルカが専パウロに就きて學びし由を載せたれども、尚キリストの事を目撃せし人に就きて學びし事は一章二節三節によりて明なり、然れど兎に角本書の思想及語法はパウロのと似たる所多く、文章は最も巧妙にして、文法も正しく、且趣味に富める節多し。

(五)記述の年代。は凡紀元六十三年以前なるべし。