路加の耶蘇基督聖福音書

緒言

第1章 1:1我等の中に成立ちし事の談を、初より親しく目撃して教の役者たりし人々の 1:2我等に言傳へし如く書列ねんとて、多くの人既に着手せるが故に、 1:3貴きテオフィロよ、我も凡ての事を最初より詳しく取調べて、順序よく汝に書贈るを善と思へり。 1:4是汝をして教へられし教の確實なるを暁らしめん為なり。

第一篇 キリスト御幼年及私生活

第一項 キリスト降誕の豫備

第一款 洗者ヨハネ誕生の次第

1:5抑ユデアの王ヘロデの時、アビアの班にザカリアと云へる司祭あり。其妻はアアロンの裔なる女にて、名をエリザベトと云へり。 1:6二人ながら神の御前に義しき人にして、主の凡ての禁令と規律とを過なく履行ひ居たりしが、 1:7エリザベトは石女なれば、彼等に子なくして、二人とも年老いたりき。 1:8然るにザカリア其班の順によりて、神の御前に司祭の務を行ひけるに、 1:9司祭職の慣例に從ひ、籤を抽きて、主の殿に入り、香を焼く事を得たり。 1:10香を焼く時に當り、人民群集して、皆外にて祈り居けるに、 1:11主の使、香台の右に立ちてザカリアに現れしかば、 1:12ザカリア之を見て心騒ぎ、且恐ろしさに撲たれたり。 1:13天使之に云ひけるは、懼るる事勿れザカリア、蓋汝の祈聴容れられたり。妻エリザベト汝に一子を生まん、汝其名をヨハネと名くべし。 1:14而して汝には喜に堪へざる事となり、多くの人も亦其誕生に由りて喜ばん。 1:15即ち彼は主の御前に偉大にして、葡萄酒と酔ふ物とを飲まず、母の胎内より既に聖霊に満たされん。 1:16又イスラエルの多くの子を、主たる其神に歸らしめ、 1:17エリアの精神と能力とを以て主の先に往かん、是主の為に完全なる人民を備へんとて、先祖の心を子孫に立歸らせ、不信者を義人の知識に立歸らせん為なり、と。 1:18ザカリア、天使に云ひけるは、我何に據りてか此事あるを知るべき。蓋我は老人にして、妻も亦年老いたればなり。 1:19天使答へて云ひけるは、我は神の御前に立つガブリエルにして、我が遣はされたるは、汝に語りて是等の福音を告げん為なり。 1:20看よ、時期至りて成就すべき我言を信ぜざりしにより、汝は唖となりて、此事の成る日まで言ふこと能はじ、と。 1:21人民はザカリアを待ちつつ、其殿内に滞るを怪しみたりしが、 1:22出づるに及びて言ふ能はざれば、人々彼が殿内にて幻影を見し事を暁れり。彼は手眞似するのみにて、唖は其儘なりしが、 1:23遂に其務の日數満ちて己が家に歸りしに、 1:24日ならずして妻エリザベト懐胎せしかば、隠るる事五箇月にして、 1:25云へらく、主は人々の間に我が恥を雪がしめんとて、我を顧み給ひたる日に斯も我に為し給ひしなり、と。

第二款 マリア天使の告を蒙る

1:26然て六月目に當り、天使ガブリエルガリレアのナザレトと云へる町に、 1:27ダヴィド家のヨゼフと名る人の聘定せし童貞女に神より遣されしが、其童貞女名をマリアと云へり。 1:28天使彼の許に入來りて云ひけるは、慶たし、恩寵に満てる者よ、主汝と共に在す。汝は女の中にて祝せられたる者なり、と。 1:29マリア之を見て其言に由りて大いに心騒ぎ此祝詞は如何なるものぞ、と案じ居るを、 1:30天使云ひけるは、懼るる事勿れマリア、汝神の御前に恩寵を得たればなり、 1:31然て汝懐胎して一子を生まん、其名をイエズスと名くべし。 1:32彼は偉大にして、最高き者の子と稱へられん。又主なる神之に其父ダヴィドの玉座を賜ひて、 1:33ヤコブの家を限なく治め、其治世は終なかるべし、と。 1:34マリア天使に云ひけるは、我夫を知らざるに、如何にしてか此事あるべき。 1:35天使答へて曰く、聖霊汝に臨み給ひ、最高き者の能力の蔭汝を覆はん、故に汝より生るべき聖なるものは神の子と稱へらるべし。 1:36夫汝の親族エリザベトすら、老年ながら一子を懐胎せり、斯て石女と呼ばれたる者今既に六月目なり。 1:37蓋何事も神には能はざる所あらじ、と。 1:38マリア云ひけるは、我は主の御召使なり、汝の言の如く我に成れかし、と。是に於て天使彼を去れり。

第三款 マリア エリザベトを訪問す。

1:39日ならずして、マリア立ちて山地なるユダの町に急行きしが、 1:40ザカリアの家に入りて、エリザベトに挨拶せしに、 1:41エリザベト、マリアの挨拶を聞くや、其子は胎内にて躍り、エリザベトは聖霊に満たされ、 1:42聲高く呼はりて云ひけるは、汝は女の中にて祝せられたり、御胎内の御子も祝せられ給ふ。 1:43我何によりて我主の母の來臨を辱うしたるぞ。 1:44抑汝が挨拶の聲我耳に響くや、子喜びて我胎内に躍れり。 1:45福なる哉信ぜし者。是主より云はれし事必ず成就すべければなり、と。 1:46マリア云ひけるは、我魂主を崇奉り、 1:47我精神我救主にて在す神に由て喜びに堪へず、 1:48其は其御召使の賤しきを顧み給ひたればなり。蓋看よ今より萬代迄も、人我を福なる者と稱へん、 1:49全能にて在す者、我に大事を為し給ひたればなり。聖なる哉其御名。 1:50其矜恤は代々之を畏るる人々の上に在り。 1:51自ら御腕の権能を現し、己が心の念に驕れる人々を打散らし、 1:52権力ある者を其座より下し、賎しき者をば高め、 1:53飢ゑたる者を佳物に飽かせ、富める者をば手を空しうして去らしめ給へり。 1:54御矜恤を忘れず、其僕イスラエルを引受け給ひ、 1:55我等の先祖に曰ひし如く、アブラハムにも其子孫にも、世々に限なく及ぼし給はん、と。 1:56斯てマリア、エリザベトと共に留る事凡三月にして、己が家に歸れり。 1:57然てエリザベト、産期満ちて男子を生みしが、 1:58隣人親戚等、主の之に大いなる恵を賜ひし事を聞きて、祝賀し居たり。 1:59八日目に至り、人々其子に割禮を施さんとて來り、父の名によりてザカリアと名けんとせしに、 1:60母答へて、然るべからず、ヨハネと名くべし、と云ひしかば、 1:61人々、汝の親戚の中に、此名を付けられたる者なしとて、 1:62父に手眞似して、何と名づけんと欲するぞ、と問ひけるに、 1:63ザカリア書板を求めて、其名はヨハネなりと記したれば、皆感嘆したりしが、 1:64軈てザカリアの口開け、舌解け、言ひて神を祝し奉れり。 1:65斯て隣人皆懼を懐き、此凡ての事ユデアの山里に徧く言弘められしかば、 1:66聞く人皆之を記憶に止めて、此子は如何なる者に成らんと思ふか、と言合へり、蓋主の御手彼と共に在りき。 1:67斯て其父ザカリア聖霊に満たされ、預言して云ひけるは、 1:68祝すべき哉、イスラエルの神在す主。其は親ら臨て其民の贖を為し、 1:69其僕ダヴィドの家に於て、救の角を我等の為に與し給ひたればなり。 1:70是古より聖なる預言者等の口に籍りて語り給ひし如く、 1:71我等の敵より、又総ての我等を憎む者の手より我等を救ひ給ひ、 1:72我等の先祖に矜恤を垂れて、其聖約を記憶し給はん為なり。 1:73而して是我等に賜はんと、我父アブラハムに誓ひ給ひし誓なり。 1:74然れば我等の敵の手より救はれて、怖なく主に事へ奉り、 1:75聖と義とに於て生涯主の御前に侍らん。 1:76孩兒よ、汝は最高き者の預言者と稱へられん。其は主の面前に先ちて其道を備へ、 1:77其民に罪を赦さるべき救霊の知識を與ふべければなり。是我神の慈悲の腸に由れり。 1:78是が為に旭日は上より我等に臨み給ひて、 1:79暗黒及死の蔭に坐せる人々を照らし、我等の足を平安の道に導かんとし給ふ、と。 1:80斯て孩兒成長し、精神愈強健にして、イスラエルに顕るる日まで荒野に居れり。

第二項 イエズスキリストの御降誕

第2章 2:1其頃、天下の戸籍を取調ぶべしとの詔、セザル、オグストより出しが、 2:2此戸籍調は、シリノがシリアの総督たりし時に始めたるものなり。 2:3斯て人皆名を届けんとて、各其故郷に至りけるに、 2:4ヨゼフもダヴィド家に属し且其血統なれば、 2:5既に懐胎せる聘定の妻マリアと共に名を届けんとて、ガリレアのナザレト町よりユデアのベトレヘムと云へるダヴィドの町に上れり。 2:6其處に居りし程に、マリア産期満ちて、 2:7家子を生み、布に包みて馬槽に臥させ置きたり。是、旅舎に彼等の居る所なかりし故なり。 2:8然るに此地方に牧者等ありて、夜中交代して己が群を守り居りしが、 2:9折しも主の使其傍に立ちて、神の榮光彼等を環照らしたれば、彼等大いに懼れたり。 2:10天使彼等に云ひけるは、懼るる事勿れ、其は我人民一般に及ぶべき大いなる喜の福音を汝等に告ぐればなり。 2:11蓋今日ダヴィドの町に於て、汝等の為に救主生れ給へり、是主たるキリストなり。 2:12汝等之を以て徴とせよ、即ち布にて包まれ、馬槽に置かれたる嬰兒を見るべし、と。 2:13忽ち夥しき天軍天使に加はりて、神を賛美し、 2:14「最高き處には神に光榮、地には御好意の人々に平安」と唱へたり。 2:15天使等天に去りて後、牧者等云ひけるは、将我等ベトレヘムまで行き、主の我等に示し給へる事の次第を見ん、と。 2:16乃ち急ぎ至りて、マリアとヨゼフと馬槽に置かれたる孩兒とに遇へり。 2:17然て面りに見て、此孩兒に就きて云はれし事を知らせければ、 2:18聞ける人皆牧者等より云はるる事を不思議に思ひしが、 2:19マリアは是等の事を悉く心に納めて考合せ居たり。 2:20斯て牧者等は、己に云はれしに違はず、見聞せし一切の事に就きて、神に光榮を歸し、且賛美し奉りつつ歸れり。 2:21孩兒の割禮を授かるべき八日目に至りて、未胎内に孕らざる前に天使より云はれし如く、名をイエズスと呼ばれ給へり。

第三項 キリスト御幼年

2:22然てモイゼの律法の儘に、マリアが潔の日數満ちて後、[兩親]孩兒を主に献げん為、携へてエルザレムに往けり。 2:23是主の律法に録して「総て初に生るる男子は、主の為に聖なる者と稱へらるべし」とあるが故にして、 2:24又主の律法に云はれたる如く、山鳩一雙か、鴿の雛二羽かを犠牲に献げん為なりき。 2:25折しもエルザレムに、シメオンと云へる人あり。義人にして神を畏敬し、イスラエル[の民]の慰められん事を待ちて、聖霊の居給ふ所となり、 2:26聖霊より、主のキリストを見ざるうちは、死せざる事を示されたりしが、 2:27[聖]霊によりて、[神]殿に至りしに、恰も彼兩親孩兒イエズスを携へ、是が為に律法の慣例に從ひて行はんとて來りければ、 2:28シメオン孩兒を抱き、神を祝し奉りて云ひけるは、 2:29主よ、今こそ御言に從ひて僕を安樂に逝かしめ給ふなれ、 2:30其は我目主の救を見たればなり。 2:31是ぞ主が萬民の前に備へ給ひし者にして、 2:32異邦人を照らすべき光、主の民たるイスラエルの光榮なる、と。 2:33イエズスの父母は、孩兒に就きて云はれたる事を驚嘆したりしが、 2:34シメオン彼等を祝して、母マリアに云ひけるは、此子は、是イスラエルに於て、多くの人の堕落と復活との為に置かれ、且反抗を受くる徴に立てられたり、 2:35汝の魂も剣にて刺貫かるべく、而して多くの心の念顕るべし、と。 2:36又アゼル族なるファヌエルの女に、名はアンナ[と云ひて]、既に至極の老年に及べる女預言者あり。處女の時より七年の間、夫と共に在りしに、 2:37寡婦となりて、齢八十四に至り、[神]殿を離れず、断食と祈祷とを以て晝夜奉事し居りしが、 2:38是も同時に來りて、主を稱賛し、エルザレムに於て、贖罪を待てる人々に孩兒の事を語り居たりき。 2:39[兩親は]主の律法の儘に何事をも果し、ガリレアのナザレトなる己が町に歸りしが、 2:40孩兒漸く成長して、智恵に満ち、精神の力彌増し給ひ、神の恩寵其上に在りき。 2:41然て過越の大祝日には、兩親年毎にエルザレムに往き居りしが、 2:42イエズス十二歳になり給ひし時、兩親祝日の慣例の儘にエルザレムに上りしに、 2:43祝日過ぎて歸る時、幼きイエズスはエルザレムに留り給へり。兩親は之を知らず、 2:44道連の中に在らんと思ひつつ、一日路を往き、然て親族知己の中を求めたれども、逢はざりしかば、 2:45尋ねつつエルザレムに立歸りしに、 2:46三日目に、イエズスが[神]殿にて學者の中に坐し、彼等に聞き且問ひ居給へるを見付けたり。 2:47聞く人皆其智恵と應答とに驚き居たりしが、 2:48兩親は之を見て感嘆せり。斯て母はイエズスに向ひ、子よ、何故我等に斯る事を為ししぞ。看よ、汝の父と我とは憂ひつつ汝を尋ね居たり、と云ひければ、 2:49イエズス曰ひけるは、何ぞ我を尋ねたるや。我は我父の事を務むべきを知らざりしか、と。 2:50兩親は此語給ひし御言を暁らざりき。 2:51然てイエズス彼等と共に下り、ナザレトに至りて彼等に從ひ居給ひしが、母は此総ての事を心に納め居たりき。 2:52斯てイエズス智恵も齢も、神と人とに於る寵愛も次第に彌増し居給へり。

第二篇 キリストの公生活

第一項 キリスト布教の豫備

第一款 洗者ヨハネの先駆

第3章 3:1チベリオ、セザルの在位の十五年、ポンシオ、ピラトはユデアの総督たり、ヘロデはガリレア分國の王たり、其兄弟フィリッポはイチュレア及トラコニト地方分國の王たり、リサニアはアビリナ分國の王たり、 3:2アンナとカイファとは司祭長たりし時、ザカリアの子ヨハネ、荒野に在りて主の御言を蒙り、 3:3ヨルダン[河]の全地方を巡りて、罪の赦を得させん為に、改心の洗禮を宣傳へたり。 3:4預言者イザヤの言の書に録して「荒野に呼はる者の聲ありて曰く、汝等主の道を備へ、其徑を直くせよ。 3:5凡ての谷は填められ、凡ての山丘は坦され、曲れるは直くせられ、険しき處は平なる路となり、 3:6人皆神の救を見ん」とあるに違はず。 3:7然てヨハネ、己に洗せられんとて出來れる群衆に云ひけるは、蝮の裔よ、來るべき怒を遁るる事を、誰か汝等に教へしぞ。 3:8然れば改心の相當なる果を結べよ。又我等の父にアブラハム在りと云はんとすること勿れ。蓋我汝等に告ぐ、神は是等の石よりアブラハムの為に子等を起すことを得給ふ。 3:9既に斧樹の根に置かれたり。故に総て善き果を結ばざる樹は、伐られて火に投入れらるべし、と。 3:10群衆ヨハネに問ひて、然らば我等何を為すべきぞ、と云ひければ、 3:11彼答へて、二枚の肌着を有てる人は有たぬ人に與へよ、食物を有てる人も同じ様にせよ、と云ひ居たり。 3:12又税吏ありて、洗せられんとて來り、師よ、我等何を為すべきぞ、と云ひしかば、 3:13ヨハネ彼等に向ひ、汝等は定まりたる物の外、何をも取ること勿れ、と云へり。 3:14兵卒も亦之に問ひて、我等は何を為すべきぞ、と云へば、ヨハネ彼等に向ひ、汝等は、誰をも悩ますこと勿れ、又讒訴すること勿れ、己が給料を以て足れりとせよ、と云へり。 3:15人民は待佗びて、ヨハネを或はキリストならんと、皆心に推量りつつありければ、 3:16ヨハネ答へて人々に云ひけるは、實に我は水にて汝等を洗す、然れど我に優りて力或もの将に來らんとす、我は其履の紐を解くにも足らず。彼は聖霊と火とにて汝等を洗し給ふべし。 3:17彼の手に箕ありて其禾場を潔め、麦は倉に収め、殻は滅えざる火にて焼き給ふべし、と。 3:18ヨハネ尚多くの事を人に教へて、福音を宣べ居たり。 3:19然れど分國の王ヘロデ、其兄弟の妻ヘロヂァデの事に就き、又自ら為せる凡ての惡事に就きてヨハネに諌められければ、 3:20諸の惡事に今一を加へてヨハネを監獄に閉籠めたりき。

第二款 イエズス自身の準備

3:21人民挙りて洗せらるる時、イエズスも洗せられて祈り給ふに、天開け、 3:22聖霊形に顕れて、鴿の如くイエズスの上に降り給ひ、又天より聲して、汝は我愛子なり、我汝によりて心を安んぜり、と曰へり。 3:23イエズス齢凡三十にして[聖役を]始め給ひ、人にはヨセフの子と思はれ居給ひしが、ヨセフの父はヘリ、其父はマタト、 3:24其父はレヴィ、其父はメルキ、其父はヤンネ、其父はヨゼフ、 3:25其父はマタチヤ、其父はアモス、其父はナホム、其父はヘスリ、其父はナッゲ、 3:26其父はマハト、其父はマタチヤ、其父はセメイ、其父はヨゼフ、其父はユダ、 3:27其父はヨハンナ、其父はレサ、其父はゾロバベル、其父はサラチエル、其父はネリ、 3:28其父はメルキ、其父はアッヂ、其父はコサン、其父はエルマダン、其父はヘル、 3:29其父はイエズ、其父はエリエゼル、其父はヨリム、其父はマタト、其父はレヴィ、 3:30其父はシメオン、其父はユダ、其父はヨセフ、其父はヨナ、其父はエリヤキム、 3:31其父はメレヤ、其父はメンナ、其父はマタタ、其父はナタン、其父はダヴィド、 3:32其父はイエッセ、其父はオベド、其父はボオズ、其父はサルモン、其父はナアッソン、 3:33其父はアミナダブ、其父はアラム、其父はエスロン、其父はファレス、其父はユダ、 3:34其父はヤコブ、其父はイザアク、其父はアブラハム、其父はタレ、其父はナコル、 3:35其父はサルグ、其父はラガウ、其父はファレグ、其父はヘベル、其父はサレ、 3:36其父はカイナン、其父はアルファクサド、其父はセム、其父はノエ、其父はラメク、 3:37其父はマチュサレ、其父はエノク、其父はヤレド、其父はマラレエル、其父はカイナン、 3:38其父はヘノス、其父はセト、其父はアダム、其父は神なり。

第4章 4:1イエズス、聖霊に満ちてヨルダン[河]より歸り、聖霊によりて荒野に導かれ、 4:2四十日の間[留りて]惡魔に試みられ居給ひしが、此間何をも食し給はず、日數満ちて飢ゑ給へり。 4:3惡魔イエズスに向ひ、汝若神の子ならば、此石に命じて麪とならしめよ、と云ひしかば、 4:4イエズス答へ給ひけるは、録して「人の活くるは、麪のみに由らず、又神の凡ての言に由る」とあり、と。 4:5惡魔之を高き山に携へ行き、寸時に世界の國々を示して、 4:6云ひけるは、我此所有権力と國々の榮華とを汝に與へん。蓋是等のもの我に任せられて、我は我が好む者に之を與ふ。 4:7故に汝若我前に禮拝せば、是等悉く汝の有と成るべし。 4:8イエズス答へて曰ひけるは、録して「汝の神たる主を拝し、是にのみ事へよ」とあり、と。 4:9惡魔又イエズスをエルサレムに携へ、[神]殿の頂に立たせて云ひけるは、汝若神の子ならば、此處より身を投げよ、 4:10其は録して「神其使等に命じて、汝を守らせ給ひ、 4:11汝の足の石に突當らざる様、彼等手にて汝を支へん」とあればなり。 4:12イエズス答へ給ひけるは、録して「汝の神たる主を試むべからず」とあり、と。 4:13凡ての試終りて、惡魔一時イエズスを離れたり。

第二項 イエズスガリレアに布教し給ふ

第一款 十二使徒選定以前の事實

4:14イエズス[聖]霊の能力によりてガリレアに歸り給ひしに、其名聲全地方に広まり、 4:15所々の會堂にて教へ給ひ、凡ての人に崇められ給ひつつありき。 4:16然て曾て育てられ給ひしナザレトの地に至り、安息日に當りて例の如く會堂に入り、読まんとて立ち給ひしに、 4:17預言者イザヤの書を付され、之を開きて次の如く録されたる處に見當り給へり。 4:18「主の霊我上に在せば、我に注油して遣はし給ひ、貧者に福音を宣べしめ、心の砕けたるたる人を醫さしめ、 4:19虜には免を、瞽者には見ゆる事を告げしめ、壓へられたる人を解きて自由ならしめ、主の喜ばしき年及報の日を告げしめ給ふ」と。 4:20イエズス書を巻きて役員に還し、然て坐し給ひしかば、堂内の人皆之に注目し居たり。 4:21イエズス先彼等に向ひて、此書は今日汝等の耳に成就せり、と説出し給ひしかば、 4:22人皆彼を證明し、其口より出づる麗しき言に驚きて、是ヨゼフの子に非ずや、と云ひければ、 4:23イエズス彼等に曰ひけるは、汝等必ず我に、醫者自らを醫せとの諺を引きて、汝がカファルナウムにて為せりと我等の聞ける程の事を、己が故郷なる此處にも為せ、と云はん、と。 4:24又曰ひけるは、我誠に汝等に告ぐ、預言者にして、其故郷に歓迎せらるる者はあらず。 4:25我誠に汝等に告ぐ、エリアの時、三年六箇月の間、天閉ぢて全地上に大飢饉ありしに、イスラエルの中に多くの寡婦ありしかど、 4:26エリアは其中の一人にも遣はされず、唯シドンのサレプタの一人の寡婦にのみ遣はされたり、 4:27又預言者エリゼオの時、イスラエルの中に多くの癩病者ありしかど、シリア人ナアマンの外は、其中一人も潔くせられざりき、と。 4:28堂内の人々之を聞きて、皆怒に堪へず、 4:29起ちてイエズスを町より逐出し、其町の立てる山の断崖に連行き、投落さんとせしかども、 4:30イエズスは彼等の中を通りて歩み居給へり。 4:31斯てガリレアの町なるカファルナウムに下り、安息日毎に教へ給ひけるに、 4:32其語り給ふ所権威を帯びたるにより、人々其教に驚き居たり。 4:33茲に會堂の内に汚鬼に憑かれたる人ありて、聲高く叫びて云ひけるは、 4:34ナザレトのイエズスよ、我等を措け、我等と汝と何の関係かあらん。我等を亡さんとて來り給へるか。我汝の誰なるかを知れり、即神の聖なる者なり、と。 4:35イエズス之を責めて、黙せよ、此人より出でよ、と曰ひしかば、惡鬼其人を中央に投倒し、少しも害を加へずして彼より出でたり。 4:36是に於て人々大に驚き怖れ、是は何事ぞ、彼権威と能力とを以て汚鬼等に命じ給へば、即ち出づるよ、と語合ひ、 4:37イエズスの名聲、彼地方到處に広まり行きたり。 4:38イエズス會堂を立出でて、シモンの家に入り給ひしに、シモンの姑重き熱を煩ひ居りしを、 4:39人々彼の為に願ひければ、イエズス其傍に立ちて熱に命じ給ふや、熱去りて、彼直に起きて彼等に給仕したり。 4:40日没りて後、種々の患者を有てる人々、皆之をイエズスの許に連來りければ、一々按手して之を醫し居給へり。 4:41又惡魔多くの人より出でて、叫びつつ、汝は神の子なり、と云ひければ、イエズス之を誡めて、言ふ事を許し給はざりき、蓋惡魔は其キリストたる事を知ればなり。 4:42夜明けて後、イエズス出でて寂しき處に往き給ひしに、群衆尋ねて其許に至り、己等を離れざらしめんとて引止めければ、 4:43イエズス彼等に曰ひけるは、我は又他の町にも神の國の福音を宣傳へざるべからず、我は是が為に遣はされたればなり、と。 4:44斯てガリレアの諸會堂にて説教しつつ居給へり。

第5章 5:1然て群衆神の御言を聞かんとて押迫りければ、イエズスゲネザレトの湖の辺に立ち給へるに、 5:2二艘の船の岸に繋れるを見給へり。漁師は既に下りて、網を洗ひ居りしが、 5:3イエズス、シモンの船なる一艘に乗り、請ひて少しく岸を離れしめ、坐して船中より群衆に教へ居給ひき。 5:4語終へ給ひて、シモンに向ひ、沖に乗出し網を下して漁れ、と曰ひしかば、 5:5シモン答へて云ひけるは、師よ、我等終夜働きて何をも獲ざりき、然れど仰せによりて我は網を下さん、とて、 5:6其如く為したるに、取籠めたる魚甚だ多く、網将に裂けんとしければ、 5:7來り扶けしめんとて、他の船なる仲間を麾きしかば、彼等來りて二艘の船に魚を満載し、殆沈まんばかりになれり。 5:8シモン、ペトロ之を見て、イエズスの足下に平伏し、主よ、我は罪人なれば、我より遠ざかり給へ、と云へり。 5:9其は、彼も共に居る者も皆、漁りたる魚の夥しきに驚きたればなり。 5:10シモンの友なる、ゼベデオの子ヤコボとヨハネとも亦其中に在りき。斯てイエズス、シモンに向ひ、懼るること勿れ、汝今より人を生捕る者とならん、と曰ひしかば、 5:11彼等船を岸に寄せ、一切を措きてイエズスに從へり。 5:12イエズス或町に居給へる時、全身に癩を病める人ありて、イエズスを見るよ、平伏して願ひ、主よ、思召ならば我を潔くすることを得給ふ、と云ひしに、 5:13イエズス、手を伸べて之に触れ給ひ、我意なり潔くなれ、と曰ふや、癩直に其身を去れり。 5:14イエズス之を誰にも語らざるよう誡めて、然て、[曰ひけるは]但往きて己を司祭に見せ、潔くなりたる為に、彼等への證據として、モイゼの命ぜし如く献物を為せ、と。 5:15然るにイエズスの名聲益広がりて、群衆夥しく是に聞き、且病を醫されんとて、集ひ來りければ、 5:16荒野に避けて祈り居給へり。 5:17一日イエズス坐して教へ給ひけるに、ガリレア、ユデアの凡ての村落、及びエルザレムより來りしファリザイ人、律法學士等も坐し居たりしが、主の能力人を醫す為に現れつつありき。 5:18折しも人々、癱瘋を病める人を床にて舁來り、内に入れてイエズスの御前に置んと力むれども、 5:19群衆の為に入るべき路を得ず、屋上に昇り瓦を剥ぎて、其人を床の儘、イエズスの御前に眞中に吊下せり。 5:20イエズス、彼等の信仰を見て。人よ、汝の罪赦さる、と曰ひしかば、 5:21律法學士ファリザイ人等考始めて、云ひけるは、此冒涜の言を出すは誰ぞ。神獨りの外、誰か罪を赦すことを得んや、と。 5:22イエズス彼等の思ふ所を知り、答へて曰ひけるは、汝等心に何を考ふるぞ。 5:23汝の罪赦さると云ふと、起きて歩めと云ふと、孰か易き。 5:24然て人の子地に於て罪を赦すの権ある事を汝等に知らしめん、とて癱瘋の人に向ひ、我汝に命ず、起きよ、床を取りて己が家に歸れ、と曰ひしかば、 5:25其人直に彼等の前に起上り、己が臥居たりし床を取りて、神に光榮を歸しつつ、家に歸りしが。 5:26人皆驚入りて、神に光榮を歸し奉り、又懼れ畏みて、我等今日眞に不思議なる事を見たり、と云ひ居たり。 5:27其後イエズス出でて、レヴィと名くる税吏が収税署に坐せるを見て、我に從へ、と曰ひしかば、 5:28彼一切を措き、起ちて從へり。 5:29斯てレヴィ自宅に於てイエズスの為に大なる饗筵を設けしに、税吏など夥しく彼等と席を同じうしければ、 5:30ファリザイ人及び其徒なる律法學士等呟きて、イエズスの弟子等に向ひ、汝等は何故に税吏罪人と飲食を共にするぞ、と云ひけるに、 5:31イエズス答へて曰ひけるは、醫者を要するは、壮健なる人に非ずして病める人なり、 5:32我が來りしは義人を招ぶ為に非ず、罪人を招びて改心せしめん為なり、と。 5:33彼等イエズスに云ひけるは、ヨハネの弟子等は數次断食し又祈祷し、ファリザイ人のも亦然するに、汝の者等は何故に飲食するぞ、と。 5:34イエズス彼等に曰ひけるは、汝等豈新郎の朋友をして、其新郎と共に居る間に断食せしむるを得んや。 5:35然れど新郎彼等より奪はるる日來るべく、其日には断食すべし、と。 5:36イエズス又彼等に喩を語り給ひけるは、新しき衣服を裂取りて、古き衣服に補ぐ人はあらず、若然する時は、新しき物を破り、且新しき衣服より取れる布片は古き物に似合はず。 5:37又新しき酒を古き皮嚢に盛る人はあらず、若然せば、新しき酒は古き皮嚢を裂き、且流出でて皮嚢も亦廃らん。 5:38新しき酒は新しき皮嚢に盛るべく、然てこそ兩ながら保つなれ。 5:39又古き酒を飲みながら直に新しき酒を望む人はあらず、誰も古きを善しと云へばなり、と。

第6章 6:1過越祭の二日目の後、初の安息日に、イエズス麦畑を過り給ふ時、弟子等穂を摘み、手に揉みて食しければ、 6:2ファリザイの或人々彼等に云ひけるは、何ぞ安息日に為すべからざる事を為せるや。 6:3イエズス答へて曰ひけるは、ダヴィドが己及伴へる人々の飢ゑし時為しし事を、汝等読まざりしか。 6:4即彼神の家に入り、司祭等の外は食すべからざる供の麪を取りて食し、伴へる人々にも與へしなり、と。 6:5又彼等に曰ひけるは、人の子は亦安息日の主たるなり、と。 6:6又他の安息日に當り、イエズス會堂に入りて教へ給へるに、右の手萎えたる人其處に居りければ、 6:7律法學士、ファリザイ人等、イエズスを訟ふる廉を見出さん為に、彼安息日に醫すやと窺ひ居りしが、 6:8イエズス其心を知りて、手萎えたる人に、起きて眞中に立て、と曰ひければ、彼起きて立てり。 6:9イエズス彼等に向ひ、我汝等に問はん、安息日に許さるるは善を為す事か、惡を為す事か、生命を救ふ事か、之を亡ぼす事か、と曰ひて、 6:10一同を見廻らし給ひ、彼人に、手を伸べよ、と曰ひしかば、彼伸べて其手痊えたり。 6:11然るに彼等が愚を極めたるや、如何にしてイエズスを處分せんかと語合ひ居たり。

第二款 十二使徒選定後の事實

6:12其頃イエズス祈らんとて山に登り、終夜祈祷し居給ひしが、 6:13天明に至りて弟子等を招び、其中より十二人を選みて、更に之を使徒と名け給へり。 6:14即ちペトロと名け給へるシモンと其兄弟アンデレア、ヤコボとヨハネ、フィリッポとバルトロメオ、 6:15マテオとトマ、アルフェオの子ヤコボとゼロテと云へるシモン、 6:16ヤコボの兄弟ユダと謀叛人となりしイスカリオテのユダとなり。 6:17イエズス、是等と共に下りて平かなる處に立ち給ひしが、弟子の一群と共に又夥しき群衆あり。是イエズスに聴き且病を醫されんとて、ユデアの全地方、エルザレム及びチロとシドンとの湖辺より來れるものなり。 6:18斯て汚鬼に悩まさるる人々醫され、 6:19群衆皆イエズスに触れんと力め居たり、其は霊能彼の身より出でて、凡ての人を醫せばなり。 6:20イエズス弟子等の方に目を翹げて曰ひけるは、福なる哉汝等貧しき人、其は神の國は汝等の有なればなり。 6:21福なる哉汝等今飢うる人、其は飽かさるべければなり。福なる哉汝等今泣く人、其は笑ふべければなり。 6:22福なる哉汝等、人の子の為に憎まれ、遠ざけられ、罵られ、其名は惡しとして排斥せらるる時、 6:23其日には歓び躍れ、其は汝等の報天に於て大いなればなり。即ち彼等の先祖は預言者等に斯く為したりき。 6:24然れども、汝等富める人は禍なる哉、其は今己が慰を有すればなり。 6:25汝等飽足れる人は禍なる哉、其は飢うべければなり。汝等今笑ふ人は禍なる哉、其は嘆き且泣くべければなり。 6:26汝等人々に祝せらるる時は禍なる哉、即ち彼等の先祖は僞預言者等に斯く為したりき。 6:27然れば我、聴聞する汝等に告ぐ、汝等の敵を愛し、汝等を憎む人を恵み、 6:28汝等を詛ふ人を祝し、汝等を讒する人の為に祈れ、 6:29人汝の頬を打たば、是に他の頬をも向けよ。又汝の上衣を奪ふ人には、下衣をも拒むこと勿れ。 6:30総て汝に求むる人に與へよ、又汝の物を奪ふ人より取戻すこと勿れ。 6:31汝等が人に為られんと欲する所を、汝等も其儘人に行へ、 6:32己を愛する人を愛すればとて、汝等に何の酬かあらん、蓋罪人も猶己を愛する人を愛するなり。 6:33又汝等に恵む人を恵めばとて、汝等に何の酬かあらん、蓋罪人も猶之を為すなり。 6:34又受くる所あらんことを期して人に貸せばとて、汝等に何の酬かあらん、蓋罪人も猶均しき物を受けんとて、罪人に貸すなり。 6:35然れど汝等は己が敵を愛し、又報を望まずして貸し、且恵め、然らば汝等の報大いにして、最高き者の子たるべし、其は恩を知らざる者、惡き者の上にも仁慈に在せばなり。 6:36然れば汝等も亦慈悲あること、汝等の父の慈悲に在す如くなれ。 6:37人を是非すること勿れ、然らば汝等も是非せられじ。人を罪すること勿れ、然らば汝等も罪せられじ。宥せ、然らば汝等も宥されん。 6:38與へよ、然らば汝等も與へられん。即ち量を善くし、壓入れ、揺入れ、溢るる迄にして、汝等の懐に入れられん。其は己が量りたる所の量にて、己も亦量らるべければなり。 6:39然てイエズス喩を彼等に語り給ひけるは、瞽者は瞽者を導き得るか、二人ながら坑に陥るに非ずや。 6:40弟子は師に優らず、誰にもあれ、己が師の如くならば完全なるべし。 6:41汝何ぞ兄弟の目に塵を見詰めて、己が目に在る梁を省みざる、 6:42又己が目の梁を見ずして、争でか兄弟に向ひて、兄弟よ、我をして汝の目より塵を除かしめよ、と言ふを得んや。僞善者よ、先己が目より梁を除け、然らば目明にして、兄弟の目より塵を除くを得べし。 6:43惡き果を結ぶは善き樹に非ず、又善き果を結ぶは惡き樹に非ず、 6:44即ち樹は各其果によりて知らる。茨より無花果を採らず、藪覆盆子より葡萄を取らざるなり。 6:45善き人は其心の善き庫より善き物を出し、惡き人は惡き庫より惡き物を出す。口に語るは心に溢れたる所より出づればなり。 6:46汝等、主よ主よ、と呼びつつ、我が言ふ事を行はざるは何ぞや。 6:47総て我に來りて、我言を聞き且行ふ人の誰に似たるかを汝等に示さん。 6:48即ち彼は家を建つるに地を深く掘りて基礎を岩の上に据ゑたる人の如し。洪水起りて激流其家を衝けども、之を動かす能はず、其は岩の上に基したればなり。 6:49然れど聞きて行はざる人は、基礎なくして土の上に家を建てたる人の如し、激流之を衝けば、直に倒れて其家の壊甚し、と。

第7章 7:1イエズス其凡ての言を人民に説き聞かせ畢りて、カファルナウムに入り給ひしが、 7:2或百夫長、己が重んぜる僕の病みて死するばかりなれば、 7:3イエズスの事を聞くや、ユデア人の長老等を遣はし、來りて其僕を醫し給はん事を請はしめたり。 7:4彼等イエズスの許に詣りて切に願ひ、彼人は之を為し給ふに堪へたる者なり、 7:5其は我が國民を愛し、我等の為に自ら會堂を建てたればなり、と云ひければ、 7:6イエズス彼等と共に往き給ひ、既に其家に遠からずなり給へる時、百夫長朋輩を遣はして云はしめけるは、主よ、自ら煩はし給ふこと勿れ、其は我不肖にして、主の我屋根の下に入り給ふに足らざればなり。 7:7故に我身も御前に詣るに堪へずと思へり。然りながら唯一言にて命じ給へ、然らば我僕痊えん。 7:8蓋我も人の権下に立つ者ながら、部下に兵卒ありて、此に往けと云へば往き、彼に來れと云へば來り、又我僕に之を為せと云へば為すなり、と。 7:9イエズス之を聞きて感嘆し、從へる群衆を顧みて曰ひけるは、我誠に汝等に告ぐ、イスラエルの中にても、斯程の信仰に逢ひし事なし、と。 7:10斯て遣はされし人々家に歸りて見れば、病みたりし僕既に痊えたりき。 7:11其後イエズスナイムと云へる町に往き給ふに、弟子等も夥しき群衆も共に往きてありしが、 7:12町の門に近づき給ふ時、折しも舁出さるる死人あり。是は其母の獨子にて、母は寡婦なり、町の人夥しく之に伴ひ居たり。 7:13主此寡婦を見給ふや哀れを感じ給ひて、泣くこと勿れ、と曰ひつつ、 7:14近づきて棺に手を觸れ給ひしかば、舁ける人々立止れり。 7:15イエズス、若者よ、我汝に命ず、起きよ、と曰ふや、死したる者起返りて言ひ始めけるを、其母に與へ給ひしかば、 7:16人々皆懼を懐き、光榮を神に歸して云ひけるは、大いなる預言者我等の中に起れり、神は其民を顧み給へるなり、と。 7:17斯て此噂ユデア一般及凡て其周圍の地方に弘まれり。 7:18ヨハネの弟子等、此一切の事を己が師に告げしかば、 7:19ヨハネ其弟子の二人を呼びて、來るべき者は汝なるか、或は我等の待つ者は尚外に在るか、と云ひてイエズスに遣はしければ、 7:20彼等イエズスの許に至りて云ひけるは、洗者ヨハネ我等を汝に遣はして、來るべき者は汝なるか或は我等の待つ者尚外に在るかと云ふ、と。 7:21當時イエズスは、多くの人を病と傷と惡鬼とより醫し、且多くの瞽者に視力を與へ給ひしが、 7:22答へて使に曰ひけるは、汝等見聞せし事を、往きてヨハネに告げよ、即ち瞽者は見え、跛者は歩み、癩病者は潔く成り、聾者は聞え、死者は蘇り、貧者は福音を聞かせらる、 7:23総て我に就きて躓かざる人は福なり、と。 7:24ヨハネの使去りて後、イエズスヨハネの事を群衆に語出で給ひけるは、汝等何を見んとて荒野に出でしぞ、風に揺かさるる葦か、 7:25然らば何を見んとて出でしぞ、柔き衣服を着たる人か、看よ、値高き衣服を着て樂しく暮す人々は、帝王の家に在り、 7:26然らば何を見んとて出でしぞ、預言者か、我汝等に告ぐ、然り預言者よりも優れる者なり、 7:27録して「看よ、我使を汝の面前に遣はさん、彼汝に先ちて汝の道を備ふべし」とあるは彼の事なり。 7:28即ち我汝等に告ぐ、婦より生れたる者の中に、洗者ヨハネより大なる預言者はあらず、然れど神の國にて最小き人も彼より大いなり。 7:29彼に聞ける総ての人民税吏までも、ヨハネの洗禮を受けて神を義しとせり、 7:30然れどファリザイ人、律法學士等は彼に洗せられずして、己に於る神の御旨を軽んぜり、と。 7:31主又曰ひけるは、然れば我現代の人を誰にか擬へん、彼等は、誰に似たるぞや、 7:32恰童等が衢に坐して語合ひ、我等、汝等の為に笛吹きたれども、汝等踊らず、汝等の為に嘆きたれども、汝等泣かざりき、と云へるに似たり。 7:33即ち洗者ヨハネ來りて、麪を食せず酒を飲まざれば、汝等、彼は惡魔に憑かれたりと云ひ、 7:34人の子來りて飲食すれば、彼は食を嗜み酒を飲み、税吏と罪人との友たり、と云ふ。 7:35然りながら、智恵は其凡ての子に義しとせられたり、と。 7:36爰に一人のファリザイ人、イエズスに會食せん事を請ひければ、其ファリザイ人の家に入りて、食卓に就き給ひしが、 7:37折しも其町に罪人なる一個の婦ありて、イエズスがファリザイ人の家にて食卓に就き給へるを聞くや、香油を盛りたる器を持來り、 7:38イエズスの足下にて其後に立ち、御足を次第に涙にて濡し、己が髪毛にて之を拭ひ、且御足に接吻し且香油を注ぎければ、 7:39イエズスを招きたるファリザイ人、之を見て心の中に云ひけるは、彼は果して預言者ならば、己に觸るる婦の誰にして如何なる人なるかを、能く知れるならん、彼婦は罪人なるものを、と。 7:40イエズス答へて、シモンよ、我汝に云ふ事あり、と曰ひければ、彼、師よ、仰せられよ、と云ふに、 7:41[曰ひけるは]、或債主に二人の負債者あり、一人は五百デナリオ、一人は五十デナリオの負債あるを、 7:42還すべき由なければ、債主二人を共に免せり、斯て債主を最も愛せん者は孰れなるぞ、と。 7:43シモン答へて、我思ふに其は多くを免されたる者ならん、と云ひしに、イエズス、汝善く判断せり、と曰ひ、 7:44然て婦を顧みてシモンに曰ひけるは、此婦を見るか、我汝の家に入りしに、汝は我足の水を與へざりしを、此婦は涙を以て我足を濡し、己が髪毛を以て之を拭へり。 7:45汝は我に接吻せざりしに、此婦は入來りてより絶えず我足に接吻せり。 7:46汝は油を我頭に注がざりしに、此婦は香油を我足に注げり。 7:47此故に我汝に告ぐ、此婦は多く愛したるが故に、多くの罪を赦さるるなり、赦さるる事少き人は愛する事少し、と。 7:48斯て彼婦に向ひ、汝の罪赦さる、と曰ひしかば、 7:49食卓を共にせる人々、心の中に言出でけるは、彼何人なれば罪をも赦すぞ、と。 7:50イエズス婦に向ひて、汝の信仰汝を救へり、安んじて往け、と曰へり。

第8章 8:1其後イエズス、説教し且神の國の福音を宣べつつ、町々村々を巡廻し給ひければ、十二使徒之に伴ひ、 8:2又曾て惡鬼を逐払はれ、病を醫されたる數人の婦人、即ち七の惡魔の其身より出でたる、マグダレナと呼ばるるマリア、 8:3ヘロデの家令クサの妻ヨハンナ及スザンナ、其他多くの婦人ありて、己が財産を以て彼等に供給し居たり。 8:4然て夥しき人、町々よりイエズスの許に走集りければ、イエズス喩を以て語り給ひけるは、 8:5種播く人其種を播きに出でしが、播く時或者は路傍に落ちしかば、踏着けられ、空の鳥之を啄めり。 8:6或者は石の上に落ちしかば、生出たれど、潤なきに由りて枯れたり。 8:7或者は茨の中に落ちしかば、茨共に長ちて之を蔽塞げり。 8:8或者は沃壌に落ちしかば、生出でて百倍の實を結べり、と。イエズス此事を曰ひて、聞く耳を有てる人は聞け、と呼はり居給へり。 8:9弟子等、此喩を如何にと問ひしに、 8:10曰ひけるは、汝等は神の國の奥義を知る事を賜はりたれど、他の人は喩を以てせらる、是は彼等が見つつ視えず、聞きつつ暁らざらん為なり。 8:11此喩は斯の如し、種は神の御言なり、 8:12路傍の者は聞く人々にして、彼等の信じて救はれざらん為、後に惡魔來りて言を其心より奪ふなり。 8:13石の上の者は、聞く時に喜びて言を受くれど、己に根無く、暫く信じて、誘の時には退く人々なり。 8:14茨の中に落ちしは、聞きたる後、往く往く世の慮と富と快樂とに蔽塞がれて、實を結ばざる人々なり。 8:15然るに沃壌に落ちしは、善良なる心にて、言を聞きて之を保ち、忍耐を以て實を結ぶ人々なり。 8:16誰も燈を點して、器を以て之を覆ひ、或は寝台の下に置く者はあらず、入來る者に明を見せん為に、之を燭台の上に置く。 8:17蓋秘して露れざるはなく、隠れて遂に知れず公にならざるはなし。 8:18此故に汝等聞方に注意せよ。其は有てる人は尚與へられ、有たぬ人は其有てりと思ふ物をも奪はるべければなり、と。 8:19然てイエズスの母、兄弟、逢はんとて來りしかど、群衆の為に近づくこと能はざりしかば、 8:20汝の母、兄弟汝に逢はんとて外に立てり、と告ぐる者ありしに、 8:21イエズス答へて人々に曰ひけるは、神の御言を聴き且行ふ人、是我母、兄弟なり、と。 8:22一日イエズス、弟子等と共に小舟に乗り給ひしに、我等湖の彼方に渡らん、と曰ひて軈て乗出せり。 8:23斯て渡る間にイエズス眠り給ひしが、暴風湖に吹下し來り、水舟に充ちて危かりければ、 8:24弟子等近づきて、師よ、我等亡ぶ、と云ひつつイエズスを覚ましたるに、起きて風と怒涛とを戒め給ひしかば、波風息みて凪となれり。 8:25然て、汝等の信仰何處に在る、と曰ひければ、彼等且怖れ且感嘆して、是を誰と思ふぞ、風も湖も、命じ給へば是に從ふよ、と云合へり。 8:26又ガリレアに對へるゲラサ人の地方に渡りて、 8:27上陸し給ひしに、一箇の人ありて之を迎へたり。彼惡魔に憑かれたる事既に久しくして、衣服をも着ず家にも住まず、墓にのみ居りしが、 8:28イエズスを見るや御前に平伏し、聲高く叫びて、最高き神の御子イエズスよ、我と汝と何の関係かあらん。願くは我を苦しむること勿れ、と云へり。 8:29是イエズス惡鬼に、此人より出でよ、と命じ給へばなり。蓋彼惡鬼に執へらるる事既に久しく、鎖にて縛られ、桎にて護らるるも、繋を破り、惡魔に駆られて、荒野に往き居たりき。 8:30イエズス之に問ひて、汝の名は何ぞ、と曰ひしに彼、軍団なり、と云へり、其は之に入りたる惡魔多ければなり。 8:31然てイエズスの命じて底なき淵に往かしめ給はざらん事を請ひたりしが、 8:32其處に多くの豚の群、山にて草を食み居しかば、惡魔等其豚に入るを允されん事を請ひけるに、イエズス之を允し給ひければ、 8:33惡魔等其人より出でて豚に入り、其群周章しく崖より湖に飛入りて溺死せり。 8:34牧者等其成行を見るや迯往きて、町に村に吹聴せしかば、 8:35人々事の様を見んとて出でしが、イエズスの許に來り、彼惡魔の出でたりし人の、既に衣服を纏ひ心確にして、イエズスの足下に坐せるを見て怖れたり。 8:36斯て見し人々も亦、惡魔憑の救はれし次第を誰彼に告げしかば、 8:37ゲラサ地方の人民挙りて、己等より立去り給はん事をイエズスに請へり、是大いに怖れたればなり。然てイエズス船に乗りて歸り給ひしに、 8:38惡魔の離れし男伴はん事を願ひしかど、イエズス之を去らして曰ひけるは、 8:39己が家に歸りて、神が如何ばかり大いなる事を汝に為し給ひしかを告げよ、と。斯くて彼は普く町を廻りて、イエズスの如何ばかり大いなる事を己に為し給ひしか言弘めたり。 8:40イエズス歸り給ひしに、人皆待居たりければ、群衆之を歓迎せり。 8:41折しも名をヤイロと云える人來り、會堂の司なりしが、イエズスの足下に平伏して、己が家に入り給はん事を請へり、 8:42其は己に十二歳ばかりの獨女ありて、将に死なんとすればなり。イエズス往き給ふ途にて、群衆に押蹙られ給へる中に、 8:43十二年來血漏を患へる一人の女、曾て醫者の為に悉く其財産を費したれども、誰の手にも醫され得ざりしが、 8:44後より近づきてイエズスの衣服の総に觸れしかば、其の出血忽止れり。 8:45イエズス、我に觸れし者は誰ぞ、と曰へば皆否めるを、ペトロ及び之に伴ひたる人々云ひけるは、師よ、群衆押蹙りて汝を煩はすに、猶誰か我に觸れし、と曰ふか。 8:46イエズス曰ひけるは、我に觸れし者あり、我霊能の我身より出でたるを覚ゆればなり、と。 8:47女其隠れざりしを見て慄きつつ、來りてイエズスの足下に平伏し、其觸れし理由と直に痊えたる次第とを公衆の前に明しければ、 8:48イエズス之に曰ひけるは、女よ汝の信仰汝を救へり、安んじて往け、と。 8:49言未了らざるに、人會堂の司の許に來り、汝の女死せり、師を煩わすこと勿れ、と云ひしに、 8:50イエズス此言を聞きて女の父に答へ給ひけるは、懼るること勿れ、唯信ぜよ、然らば彼助かるべし、と。 8:51斯て其家に至り給ひて、ペトロ、ヤコボ、ヨハネ及び女の父母の外、共に入る事を誰にも許し給はず、 8:52人皆女の為に泣き且歎き居れるを、泣く勿れ、女は死したるに非ず、寝ねたるなり、と曰ひしに、 8:53人々は彼の死したるを知りて、之を嘲笑ひ居たり。 8:54然るにイエズス、女の手を取り、呼はりて、女起きよ、と曰へば、 8:55其霊還りて女直に起きしかば、之に食物を與ふる事を命じ給へり。 8:56兩親は甚く驚きしが、成りし事を誰にも語るな、とイエズス戒め給へり。

第9章 9:1斯て十二使徒を呼集めて、諸の惡魔を逐ひ病を醫す能力と権利とを授け給ひ、 9:2神の國の事を宣べ、且病者を醫す為に遣はさんとして、 9:3曰ひけるは、汝等途に在りて何物をも携ふること勿れ、杖、嚢、麪、金、及二枚の下衣を有つこと勿れ。 9:4何れの家に入るも是に留りて、其處より出去ること勿れ。 9:5総て汝等を承けざる人あらば、其町を去り、彼等に對する證據として、己が足の塵までも払え、と。 9:6斯て十二使徒出立して村々を巡廻し、到處に福音を宣べ、病者を醫し居たり。 9:7時に分國の王ヘロデ、イエズスによりて行はるる凡ての事を聞きて疑惑へり。其は或人々はヨハネ死者の中より復活したりと謂ひ、 9:8或人々はエリア現れたりと謂ひ、或人々は古の預言者の一人復活したりと謂へばなり。 9:9斯てヘロデ云ひけるは、ヨハネは我既に馘りしものを、斯る事の聞ゆる彼人は誰なるぞ、とてイエズスを見ん事を求め居たり。 9:10使途等歸りて、面々が行ひし一切の事を告げければ、イエズス彼等を從へて、別にベッサイダ附近なる寂しき處に退き給ひしに、 9:11群衆之を知りて其跡を慕ひしかば、イエズス之を接けて神の國の事を語り、治療を要する人を醫し居給へり。 9:12日既に昃きしかば、十二[使徒]近づきて云ひけるは、我等は斯る寂しき處に居るなれば、群衆を解散して、周圍の村及び田家に宿らせ、且は食物を索めしめ給へ、と。 9:13然るにイエズス彼等に向ひ、汝等之に食物を與へよ、と曰ひしかば、彼等云ひけるは、我等の五の麪と二の魚とあるのみ。或は往きて此凡ての群衆の為に食物を買はんか、と。 9:14然て居合せたる男子五千人許なりしが、イエズス、人々を五十人宛、組々に坐せしめよ、と弟子等に曰ひければ、 9:15彼等其如くにして、悉く坐せしめたり。 9:16イエズス五の麪と二の魚とを取り、天を仰ぎて之を祝し、擘きて弟子等に分ち、群衆の前に置かしめ給ひしかば、 9:17皆食して飽足りしが、食餘したる物を拾ひて屑十二筐ありき。 9:18イエズス獨祈り居給ひけるに、弟子等と共に居りしが、問ひて曰ひけるは、群衆我を誰と言ふぞ、と。 9:19彼等答へて云ひけるは、人々或は洗者ヨハネなりと謂ひ、或はエリアなりと謂ひ、或は古の預言者の一人の復活したるなりと謂ふ、と。 9:20イエズス彼等に曰ひけるは、汝等は我を誰と謂ふか、と。シモン、ペトロ答へて、神のキリストなり、と云ひしかば、 9:21イエズス厳しく彼等を戒め、誰にも之を語らざる様命じて、 9:22曰ひけるは、人の子は様々に苦しめられ、且長老、司祭長、律法學士等に排斥せられ、然て殺され、而して三日目に復活すべし、と。 9:23又一同に對ひて曰ひけるは、人若わが後に來らんと欲せば、己を棄て、日々己が十字架を取りて我に從ふべし。 9:24其は己が生命を救はんと欲する人は之を失ひ、我為に生命を失ふ人は之を救ふべければなり。 9:25即ち人假令全世界を贏くとも、若己を失ひ己を害せば、何の益かあらん。 9:26蓋我と我言とを愧づる人をば、人の子も亦己と父と聖使等との威光を以て來らん時彼を愧づべし。 9:27然れど我誠に汝等に告ぐ、此處に立てる者の中に、神の國を見るまで死を味ははざらん人々あり、と。 9:28是等の御言の後八日ばかりを経て、イエズスペトロとヤコボとヨハネとを從へ、祈らんとて山に登り給ひしに、 9:29祈り給ふ間に、御顔の容變り、衣服は白くなりて輝けり。 9:30折しも二個の人ありてイエズスと共に語り居りしが、是モイゼとエリアとにして、 9:31威光を帯びて現れつつ、イエズスが将にエルザレムに於て遂げんとし給ふ逝去の事を語り居れり。 9:32ペトロ及び共に居る人々、耐へずして眠りたりしに、其覚むるや、イエズスの榮光と、共に立てる二人とを見たり。 9:33然て其二人イエズスを離れければ、ペトロ言ふ所を知らずして、イエズスに云ひけるは、師よ、善哉我等が此處に居る事、我等三の廬を造り、一は汝の為、一はモイゼの為、一はエリアの為にせん、と。 9:34斯く語り居る程に、一叢の雲起りて彼等を覆ひしかば、弟子等雲に入る時懼を懐けり。 9:35斯て聲雲の中より響きて曰く、「是ぞ我愛子なる、之に聴け」と。 9:36此聲の響ける時、唯イエズス獨のみ見え給ひしが、弟子等は黙して、其見たりし事を當時誰にも語らざりき。 9:37翌日彼等山を下る時、群衆夥しく來迎へしが、 9:38折しも一個の人、群衆の中より呼はりて云ひけるは、師よ、希くは我子を眷み給へ、其は我獨子なるものを、 9:39あはれや惡鬼之に憑けば、俄に叫びて投倒し、且泡吹かせ抅攣させ、砕くるばかりにして漸くに立去る。 9:40我汝の弟子等に、之を逐払ふ事を請ひしかど、能はざりき。 9:41イエズス答えて曰ひけるは、吁嗟信仰なき邪の代なる哉、我何時まで汝等と共に居りて汝等を忍ばんや。其子を此處に連來れ、と。 9:42斯て彼近づきけるに、惡魔之を倒して抅攣させしかば、 9:43イエズス汚鬼を叱り、子を醫して其父に還し給へり。 9:44是に於て人皆神の大能に驚き、イエズスの為し給へる凡ての事を感嘆しければ、イエズス弟子等に向ひ、汝等此言を耳に蔵めよ、蓋人の子は人々の手に付さるる事あらん、と曰ひしが、 9:45彼等此言を解せず、而も彼等が暁らざらん為に、之に對して隠されしかば、此言に就きてイエズスに問ふ[事を畏れ居たり。 9:46爰に、己等の孰が最大いなるか、との考彼等の中に起りしかば、 9:47イエズス其心に慮る所を見貫き給ひ、一人の孩兒を取りて己が側に立たせ、 9:48彼等に曰ひけるは、誰にてもあれ、我名の為に此孩兒を承くる人は、我を承くるなり、又我を承くる人は、我を遣はし給ひしものを承くるなり、即ち汝等一同の中に於て最小き者は、是最大いなる者なり、と。 9:49ヨハネ答へて、師よ、汝の名を以て惡魔を逐払う者あるを見しが、我等と共に從はざる者なれば、我等之を禁じたり、と云ひければ、 9:50イエズス之に曰ひけるは、禁ずること勿れ、汝等に反せざる人は汝等の為にする者なればなり、と。

第三篇 イエズスエルザレムへの最後の旅行

第一項 旅行の始の事實

9:51イエズスが此世より取られ給ふべき日數満ちんとしければ、エルザレムに往くべく御顔を堅め、 9:52先數人の使を遣はし給ひしかば、彼等往きてイエズスの為に準備せんとて、サマリアの或町に入りしかど、 9:53イエズスの御顔エルザレムに向へるによりて、人々之を承けざりき。 9:54然ればヤコボとヨハネと二人の弟子之を見て、主よ、我等今命じて天より火を下し、彼等を焼亡ぼさしめば如何に、と云ひければ、 9:55イエズス顧みて、叱りて曰ひけるは、汝等は如何なる精神なるかを自ら知らざるなり、 9:56人の子の來りしは、魂を亡ぼさん為に非ず、之を救はんが為なり、と。斯て一同他の村に往けり。 9:57一行路を歩める時、或人イエズスに向ひ、何處にもあれ、往き給ふ處に我は從はん、と云ひしかば、 9:58イエズス之に曰ひけるは、狐は穴あり、空の鳥は巣あり、然れど人の子は枕する處なし、と。 9:59然るに又一人に向ひて、我に從へ、と曰ひしかば彼、主よ、先往きて父を葬る事を我に允し給へと云ひけるに、 9:60イエズス曰ひけるは、死人をして其死人を葬らしめ、汝は往きて神の國を告げよ、と。 9:61又一人が云ひけるは、主よ、我汝に從はん、然れど先我家に在る物を處置する事を允し給へ。 9:62イエズス曰ひけるは、手を犂に着けて尚後を顧みる人は、神の國に適せざる者なり、と。

第10章 10:1其後主又七十二人を指名して、己が至らんとする町々處々に、先二人づつ遣はさんとして、 10:2曰ひけるは、収穫は多けれども働く者は少し、故に働く者を其収穫に遣はさん事を、収穫の主に願へ。 10:3往け、我が汝等を遣はすは、羔を狼の中に入るるが如し、 10:4汝等、財布、旅嚢、履を携ふること勿れ、途中にて誰にも挨拶を為すこと勿れ。 10:5何れの家に入るも、先此家に平安あれかしと言へ、 10:6若し其處に平安の子あらば、汝等の祈る平安は其上に留らん、然らずば汝等の身に歸らん。 10:7同じ家に留りて、其内に在合はする物を飲食せよ、是働く者は其報を受くるに値すればなり。家より家に移ること勿れ、 10:8又何れの町に入るとも、人々汝等を承けなば、汝等に供せらるる物を食し、 10:9其處にある病人を醫し、人々に向ひて、神の國は汝等に近づけり、と言へ。 10:10何れの町に入るとも、人々汝等を承けずば、其衢に出でて斯く云へ、 10:11汝等の町にて我等に附きし塵までも、我等は汝等に向ひて払うぞ、然りながら神の國の近づきたるを知れ、と。 10:12我汝等に告ぐ、彼日には、ソドマはかの町よりも恕さるる事あらん。 10:13禍なる哉汝コロザイン、禍なる哉汝ベッサイダ、其は若汝等の中に行はれし奇蹟、チロとシドンとの中に行はれしならば、彼等は早く改心して、荒き毛衣を纏ひて灰に坐せしならん。 10:14然れば審判に當りて、チロとシドンとは汝等よりも恕さるる事あらん。 10:15又カファルナウムよ、汝も地獄にまで沈めらるべし、天にまでも上げられたるものを。 10:16抑汝等に聴く人は我に聴き、汝等を軽んずる人は我を軽んじ、我を軽んずる人は我を遣はし給ひしものを軽んずるなり、と。 10:17斯て七十二人、喜びつつ歸來り、主よ、汝の名に由りて、惡魔すらも我等に歸服す、と云ひしかば、 10:18イエズス彼等に曰ひけるは、我サタンが電光の如く天より落つるを見つつありき。 10:19看よ我汝等に、蛇、蠍、並に敵の一切の勢力を蹂躙るべき権能を授けたれば、汝等を害する者はあらじ、 10:20然りながら、鬼神の汝等に服するを喜ぶこと勿れ、寧汝等の名の天に録されたるを喜べ、と。 10:21其時イエズス、聖霊によりて喜悦して曰ひけるは、天地の主なる父よ、我汝を稱賛す、其は是等の事を學者、智者に隠して、小き人々に顕し給ひたればなり。然り父よ、斯の如きは御意に適ひし故なり。 10:22一切の物は我父より我に賜はりたり、父の外に、子の誰なるかを知る者なく、子及び子が肯て示したらん者の外に、父の誰なるかを知る者なし、と。 10:23斯て弟子等を顧みて曰ひけるは、汝等の見る所を視る目は福なる哉。 10:24蓋我汝等に告ぐ、多くの預言者及び帝王は、汝等の視る所を視んと欲せしかど視ることを得ず、汝等の聞く所を聞かんと欲せしかど聞くことを得ざりき、と。 10:25折しも一人の律法學士立上り、イエズスを試みんとして云ひけるは、師よ、我何を為してか永遠の生命を得べき。 10:26イエズス之に曰ひけるは、律法に何と録したるぞ、汝其を何と読むぞ、と。 10:27彼答へて、汝の心を盡し、魂を盡し、力を盡し、精神を盡して汝の神たる主を愛し、又汝の近き者を己の如く愛すべし、と云ひしに、 10:28汝の答正し、之を行へ、然らば汝活くることを得ん、と曰へり。 10:29然るに彼自ら弁ぜんと欲してイエズスに向ひ、我近き者とは誰ぞ、と云ひしかば、 10:30イエズス答へて、或人エルザレムよりエリコに下る時、強盗の手に陥りしが、彼等之を剥ぎて傷を負はせ、半死半生にして棄去れり。 10:31偶一人の司祭、同じ道を下れるに、之を見て過行き、 10:32又一人のレヴィ人も、其所に來合せて之を見しかど、同じ様に過行けり。 10:33然るに一人のサマリア人、旅路を辿りつつ彼の側に來りけるが、之を見て憐を催し、 10:34近づきて油と葡萄酒とを注ぎ、其傷を繃帯して己が馬に乗せ、宿に伴ひて看護せり。 10:35然て翌日デナリオ銀貨二枚を取り出して宿主に予へ、此人を看護せよ、此上に費したらん所は、我歸る時汝に償ふべし、と云へり。 10:36此三人の中、彼強盗の手に陥りたる人に近かりしと汝に見ゆる者は孰ぞ、と曰ひけるに、 10:37律法學士、彼人に憫を加へたる者是なり、と云ひしかばイエズス、汝も往きて斯の如くせよ、と曰へり。 10:38斯て皆往きけるに、イエズス或村に入り給ひしを、マルタと名くる女自宅にて接待せり。 10:39彼女にマリアと名くる姉妹ありて、是も主の足下に坐して御言を聴き居たるに、 10:40マルタは饗應の忙しさに取紛れたりしが、立止りて云ひけるは、主よ、我姉妹の我一人を遺して饗應さしむるを意とし給はざるか、然れば命じて我を助けしめ給へ、と。 10:41主答へて曰ひけるは、マルタマルタ、汝は様々の事に就きて思煩ひ心を騒がすれども、 10:42必要なるは唯一、マリアは最良の部分を選めり、之を奪はるまじきなり、と。

第11章 11:1斯てイエズス、或處にて祈り給へるに、其終り給ふや、弟子の一人云ひけるは、主よ、ヨハネも其弟子に教へし如く、我等に祈る事を教へ給へ、と。 11:2イエズス彼等に曰ひけるは、汝等祈る時に斯く言へ、父よ、願はくは御名の聖とせられん事を、御國の來らん事を、 11:3我等の日用の糧を、日々我等に與へ給へ、 11:4我等も総て己に負債ある人を免すに由り、我等の罪を免し給へ、我等を試に引き給ふこと勿れ、と。 11:5又曰ひけるは、汝等の中友を有てる者、夜中に其許に往き、友よ、我に三の麪を貸せ、 11:6我一個の友人旅路を我許に來れるに、之に供すべき物なければ、と言はんに、 11:7彼内より答へて、我を煩はすこと勿れ、戸は既に閉ぢ、我子等我と共に床に在れば、起きて汝に與ふることを得ず、と言ふ事あらんか、 11:8然るを猶叩きて止まざる時は、我汝等に告ぐ、彼人假令己が友なればとては起きて與へざるも、其煩はしさの為に起きて、其の要する程の物を與ふるならん。 11:9我も汝等に告ぐ、願へ、然らば與へられん、探せ、然らば見出さん、叩け、然らば[戸を]開かれん、 11:10其は総て願ふ人は受け、探す人は見出し、叩く人は[戸を]開かるべければなり。 11:11汝等の中誰か父に麪を乞はんに其父石を與へんや、或は魚を[乞はんに]其代に蛇を與へんや、 11:12或は卵を乞はんに蠍を與へんや、 11:13然れば汝等惡き者ながらも、善き賜を其子等に與ふるを知れば、况や天に在す汝等の父は、己に願ふ人々に善良なる霊を賜ふべきをや、と。 11:14イエズス惡魔を逐出し給ふに、其人唖なりしが、既に惡魔を逐出し給ふや唖言ひしかば、群衆感嘆せり。 11:15然れど其中の或人々は、彼が惡魔を逐出すは惡魔の長ベエルゼブブに依るなり、と謂ひ、 11:16又他の人は、イエズスを試みんとて、天よりの徴を之に求め居たり。 11:17イエズス其心を見抜きて彼等に曰ひけるは、総て自ら分れ争ふ國は亡び、[分れ争ふ]家と家とも亦倒るべし、 11:18サタン若自ら分れ争はば、其國如何にしてか立つべき、蓋汝等は謂ふ、我ベエルゼブブに由りて惡魔を逐出すと。 11:19我若ベエルゼブブに由りて惡魔を逐出すならば、汝等の子等は誰に由りて之を逐出すぞ、然らば彼等は汝等の審判者となるべし。 11:20然れど我若神の指を以て惡魔を逐出すならば、神の國は眞に汝等に來れるなり。 11:21強き者武装して其住所を守る時は、其有てる物安全なりと雖、 11:22若彼より強き者襲來りて彼に勝たば、悉く其恃める武器を奪ひて、其捕獲物を分たん。 11:23我と共に在らざる人は我に反し、我と共に集めざる人は散らすなり。 11:24汚鬼人より出でし時、荒れたる處を巡りて安息を求むれども得ず、曰く、出でし我家に歸らん、と。 11:25即ち來りて其家の掃清められ飾られたるを見るや、 11:26往きて己よりも惡き七の惡鬼を携へ、共に入りて此處に住む、斯て其人の末は前よりも更に惡くなるなり、と。 11:27此事等の事を曰へるに、或女群衆の中より聲を揚げて、福なる哉汝を孕しし胎よ、汝の吮ひし乳房よ、と云ひしかば、 11:28イエズス曰ひけるは、寧ろ福なる哉、神の言を聴きて之を守る人々よ、と。 11:29然て群衆馳集りければ、イエズス語出で給ひけるは、現代は邪惡の代にして、徴を求むれども、預言者ヨナの徴の外は徴を與へられじ、 11:30即ちヨナがニニヴ人に徴となりし如く、人の子の現代に於るも亦然り。 11:31南方の女王は、審判に當りて、現代の人と共に立ちて之を罪に定めん、彼は地の極より、サロモンの智恵を聴かんとて來りたればなり、看よ、サロモンに優れるもの茲に在り。 11:32ニニヴ人は審判に當りて現代の人と共に立ちて之を罪に定めん、彼等はヨナの説教によりて改心したればなり、看よ、ヨナに優れるもの茲に在り。 11:33燈を點して、隠れたる處又は桝の下に置く者はあらず、入來る人に明を見せん為に之を燭台の上に置く。 11:34汝の身の燈は目なり、其目にして善くば、全身明かなるべく、若惡しくば其身も亦暗かるべし。 11:35此故に、汝に在る明の闇にならざる様心せよ、 11:36汝の全身明かにして闇の處なくば、全體明かにして輝ける燈に照らさるる如くならん、と[語り給へり]。 11:37イエズス語り給へる中に、一人のファリザイ人、己が家にて食し給はんことを請ひしかば、入りて食に就き給ひしが、 11:38イエズス食前に身を洗ひ給はざりしを、此人見て訝りければ、 11:39主之に曰ひけるは、偖も汝等ファリザイ人は、杯と皿との外部を淨むれど、汝等の内部は盗と不義とに満てり。 11:40愚なる者等よ、外部を造り給ひし者は、亦内部をも造り給ひしに非ずや。 11:41然りながら餘れる物を施せ、然らば一切の物直に汝等の為に淨めらるべし。 11:42然れど禍なる哉汝等ファリザイ人、其は薄荷、荃蓀、其他一切の野菜の十分の一を納むれど、義と神を愛する事とを措けばなり、是等を為してこそ彼等をも怠らざるべかりしなれ。 11:43禍いなる哉汝等ファリザイ人、其は會堂にては上座を、衢にては敬禮を好めばなり。 11:44禍なる哉汝等、蓋露れざる墓に似て、上を歩む人々之を知らざるなり、と。 11:45律法學士の一人之に答へて、師よ、斯く言ひては、我等にも侮辱を加ふるなり、と云ひしかば、 11:46イエズス曰ひけるは、汝等も禍なる哉律法學士、其は人々には擔ひ得ざる荷を負はすれど、自らは指一だも其荷に觸れざればなり。 11:47禍なる哉汝等、預言者等の墓標を建つる者、之を殺ししは汝等の先祖にして、 11:48汝等自ら其先祖の所為に同意する事を證す、其は彼等之を殺したるに汝等其墓を建つればなり。 11:49是によりて亦神の智恵曰はく、「我彼等に預言者及び使徒等を遣はさんに、彼等は其中の者を殺し、又は迫害せん」と。 11:50然れば世界開闢以來、流されたる凡ての預言者の血、 11:51即ちアベルの血より祭壇と神殿との間に倒れしザカリアの血に至るまで、現代は其罪を問はれん、我誠に汝等に告ぐ、現代は斯の如く罪を問はるべし。 11:52禍いなる哉汝等律法學士、其は知識の鍵を奪取りて、自らも入らず、入らんとする人々をも拒みたればなり、と。 11:53是等の事を曰ふ中に、ファリザイ人、律法學士等甚しく憤出でて、様々の事を以て閉口せしめんとし、 11:54イエズスを訟へんとして陰謀を廻らし、其口より何事をか捉へんとせり。

第12章 12:1其時夥しき群衆、周圍に立ち居て踏合ふ計なるに、イエズス弟子等に語出で給ひけるは、ファリザイ人等の麪酵に用心せよ、是僞善なり。 12:2蔽はれたる事に顕れざるべきはなく、隠れたる事に知れざるべきはなし、 12:3其は汝等の暗黒にて言ひし事は光明に言はれ、室内にて囁きし事は屋根にて宣べらるべければなり。 12:4然れば我わが友たる汝等に告ぐ、肉體を殺して其後に何をも為し得ざる者を懼るること勿れ。 12:5爰に汝等の懼るべき者を示さん、即ち殺したる後地獄に投入るる権能ある者を懼れよ、然り、我汝等に告ぐ、之を懼れよ。 12:6五羽の雀は四銭にて売るに非ずや、然るに其一羽も、神の御前に忘れらるる事なし。 12:7汝等の髪毛すら皆算へられたり、故に懼るること勿れ、汝等は多くの雀に優れり。 12:8我汝等に告ぐ、総て人々の前にて我を宣言する者は、人の子も亦神の使等の前にて之を宣言せん。 12:9然れど人々の前にて我を否む者は、神の使等の前にて否まるべし。 12:10又総て人の子を譏る人は赦されん、然れど聖霊に對して冒涜したる人は赦されじ。 12:11人々汝等を會堂に、或は官吏、権力者の前に引かん時、如何に又は何を答へ、又は何を言はんかと思煩ふこと勿れ、 12:12言ふべき事は、其時に當りて、聖霊汝等に教へ給ふべければなり、と。 12:13斯て群衆の中より、或人イエズスに向ひ、師よ、我兄弟に命じて、家督を我と共に分たしめ給へ、と云ひしかば、 12:14イエズス之に曰ひけるは、人よ、汝等の上の判事又は分配者として、誰か我を定めしぞ、と。 12:15斯て人々に曰ひけるは、慎みて凡ての貪欲に用心せよ、其は人の生命は所有物の豊なるに因らざればなり、と。 12:16又彼等に喩を語りて曰ひけるは、或富者の畑豊かに實りければ、 12:17其人心の中に考へけるは、我産物を積むべき處なきを如何にせんと。 12:18遂に謂へらく、我は斯為べし、即ち我倉を毀ち、更に大いなる物を建てて、其處に我産物と財貨とを積まん、 12:19而して我魂に向ひ、魂よ、多年の用意に蓄へたる財産數多あれば、心を安んじ、飲食して樂しめ、と言はん、と。 12:20然れど神は彼に曰はく、愚者よ、汝の魂は今夜呼還されんとす、然らば備へたる物は誰が物と為るべきぞ、と。 12:21己の為に寳を積みて、神の御前に富まざる人は斯の如き者なり、と。 12:22又弟子等に曰ひけるは、然れば我汝等に告ぐ、生命の為に何をか食ひ身の為に何をか着ん、と思煩ふこと勿れ、 12:23生命は食物に優り、身は衣服に優れり。 12:24烏を鑑みよ、播く事なく刈る事なく、倉をも納屋をも有たざれども、神は之を養ひ給ふなり、汝等烏に優ること幾何ぞや。 12:25汝等の中誰か工夫して己が寿命に一肘だも加ふることを得んや、 12:26然れば斯く最小き事すらも能はざるに、何ぞ其他の事を思煩ふや。 12:27百合の如何に長つかを鑑みよ。働く事なく紡ぐ事なし、然れども我汝等に言う、サロモンだも其榮華の極に於て、彼百合の一ほどに粧はざりき。 12:28今日野に在りて明日炉に投入れらるる草をさへ、神は斯く粧はせ給へば、况や汝等をや、信仰薄き者等哉。 12:29汝等も、何をか食ひ何をか飲まんと求むること勿れ、又大望を起すこと勿れ、 12:30蓋世の異邦人は、此一切の物を求むれども、汝等の父は汝等の之を要することを知り給へばなり。 12:31然れば先神の國と、其義とを求めよ、然らば此一切の物は汝等に加へらるべし。 12:32小き群よ、懼るること勿れ、汝等に國を賜ふ事は、汝等の父の御意に適ひたればなり。 12:33汝等の所有物を売りて施を行へ、己の為に古びざる金嚢を造り、匱きざる寳を天に蓄へよ、彼處には盗人も近づかず、蠹も壊はざるなり。 12:34是汝等の寳の在る處には、心も亦在るべければなり。 12:35汝等腰に帯して手に燈あるべし。 12:36又恰も、主人婚莚より還來りて門を叩かば直に開かん、と待受くる人の如くに為よ。 12:37主人の來る時に醒めたるを見らるる僕等は福なり、我誠に汝等に告ぐ、主人自ら帯して此僕等を食に就かせ、通ひて彼等に給仕せん。 12:38主人十二時までに來るも三時までに來るも、僕等の斯の如きを見ば、彼等は福なり。 12:39汝等知るべし、家父若盗人の來るべき時を知らば必ず警戒して其家を穿たしめじ。 12:40汝等も亦用意してあれ、人の子は汝等の思はざる時に來るべければなり、と。 12:41ペトロ、イエズスに向ひ、主よ、此喩を曰ふは、我等の為にか、凡ての人の為にもか、と云ひしかば、 12:42主曰ひけるは、時に應じて家族に麦を程よく分與へしめんとて、戸主が其家族の上に立つる、忠義にして敏き執事は誰なるか、 12:43主人の來る時に斯く行へるを見らるる僕は福なり。 12:44我誠に汝等に告ぐ、主人は己が有てる一切の物を之に掌らしめん。 12:45もし彼僕心の中に、我主人の來る事遅しと謂ひて、下男、下女を打擲き、飲食して酔始めんか、 12:46期せざる日、知らざる時に、彼僕の主人來りて之を罰し、其報を不忠者と同じくせん。 12:47又其主人の意を知りて用意せず、主人の意に從ひて行はざる僕は、鞭たるる事多からん。 12:48然れども、知らずして鞭たるべき事を為したる者は、打たるる事少かるべし、総て多く與へられたる人は多く求められ、委托したる事多ければ催促する事も多かるべし。 12:49我は地上に火を放たんとて來れり、其燃ゆる外には何をか望まん。 12:50然るに我には我が受くべき洗禮あり、其が為遂げらるるまで、我が思逼れる事如何許ぞや。 12:51汝等は、我地上に平和を持來れりと思ふか、我汝等に告ぐ、否却つて分離なり。 12:52蓋今より後、一家に五人あらば、三人は二人に、二人は三人に對して分れん、 12:53即ち父は子に、子は父に、母は女に、女は母に、姑は嫁に、嫁は姑に對して分るる事あらん、と。 12:54イエズス又群衆に曰ひけるは、汝等西より雲起るを見れば直に雨來らんと謂ふ、既にして果して然り。 12:55又南風吹くを見れば暑くなるべしと謂ふ、既にして果して然り。 12:56僞善者よ、汝等は天地の有様を見分くる事を知れるに、如何ぞ今の時を見分けざる、 12:57如何ぞ義しき事を自ら見定めざる。 12:58汝等敵手と共に官吏の許に往く時、途中にて彼に赦されん事を力めよ。恐らくは汝を判事の許に引き、判事は下役に付し、下役は監獄に入れん、 12:59我汝に告ぐ、最終の一厘までも還さざる中は、汝其處を出でざるべし、と。

第13章 13:1恰も其時人ありて、ピラトが數人のガリレア人の血を彼等の犠牲に混へし事を告げしかば、 13:2イエズス答へて曰ひけるは、汝等は、彼ガリレア人が斯る目に遇ひたればとて、凡てのガリレア人に優りて罪深かりしと思ふか。 13:3我汝等に告ぐ、然らず、然れど改心せずば、汝等も皆同じく亡ぶべし。 13:4又シロエに於て倒れたる塔の為に壓殺されし彼十八人も、エルザレムに住める凡ての人に優りて負債ありしと思ふか。 13:5我汝等に告ぐ、然らず、然れど若改心せずば汝等も皆同じく亡ぶべし、と。 13:6イエズス又喩を語り給ひけるは、或人其葡萄畑に無花果樹を植ゑたりしが、來りて其果を求めたれど得ざりしかば、 13:7葡萄畑の小作人に云ひけるは、我來りて此無花果樹に果を求むれど得ざる事已に三年なり、然れば之を伐倒せ、何ぞ徒に地を塞ぐや、と。 13:8小作人答へて、主よ、今年も之を容し給へ。我其周圍を堀りて肥料を施しなば、 13:9或は果を結ぶ事もあらん、若し無くば其後伐倒し給ふべし、と云へり、と。 13:10安息日に當りて、イエズス彼等の會堂にて教へ給ひけるに、 13:11折しも十八年以來癈疾の鬼に憑かれ、屈まりて少しも仰ぎ見ること能はざる女あり。 13:12イエズス見て之を呼近づけ給ひ、女よ、汝は其癈疾より救はれたるぞ、と曰ひて之に按手し給ひしかば、 13:13女直に伸びて神に光榮を歸し居たり。 13:14然るに會堂の司、イエズスの安息日に醫し給ひしを憤り、答へて群衆に向ひ、働くべき日六日あり、然れば其間に來りて醫されよ、安息日には為すべからず、と云ひければ、 13:15主答へて曰ひけるは、僞善者等よ、汝等各安息日に當りて、己が牛或は驢馬を、芻槽より解放ちて、水飼ひに牽行くに非ずや。 13:16然るを此十八年間サタンに繋がれたる、アブラハムの女は、其繋を安息日に解かるべからざりしか、と。 13:17イエズス此事等を曰ひけるに、反對せる者等皆赤面し、人民挙りて、イエズスの手に成さるる光榮ある凡ての事を喜び居たり。 13:18乃ち曰ひけるは、神の國は何にか似たる、我之を何にか擬へん、 13:19恰も一粒の芥種の如し、人之を取りて其畑に播きたれば、長ちて大木と成り、空の鳥其枝に息めり、と。 13:20又曰ひけるは、我神の國を何にか擬へん、 13:21恰も麪酵の如し、女之を取りて三斗の粉の中に蔵せば、終に悉く膨るるに至る、と。

第二項 旅行中の他の事實

13:22斯てイエズス、町村を教へつつ過ぎてエルザレムへ旅し給ふに、 13:23或人、主よ、救はるる者は少きか、と云ひしかば、人々に曰ひけるは、 13:24狭き門より入る事を努めよ、蓋我汝等に告ぐ、多くの人入る事を求むべけれども、而も能はざるべし。 13:25家父既に入りて門を閉ぢたらん時には、汝等外に立ちて、主よ、我等に開き給へ、と云ひつつ門を叩き始むべけれど、彼答へて、我汝等が何處の者なるかを知らず、と云はん。 13:26汝等其時、我等は汝の御前にて飲食し、汝は我等の衢にて教へ給ひしなり、と云はんとすべし。 13:27然れども彼汝等に向ひ、我汝等が何處の者なるかを知らず、惡を為す輩よ、悉く我より去れ、と云はん。 13:28斯て汝等、アブラハム、イザアク、ヤコブ及び一切の預言者は神の國に在りながら、己等のみ逐出さるるを見ば、其處に痛哭と切歯とあらん。 13:29又東西南北より來りて、神の國の席に着く人々あらん。 13:30斯て看よ、後なる人は先になり、先なる人は後にならん、と。 13:31同じ日に、ファリザイ人數人近づきてイエズスに向ひ、ヘロデ汝を殺さんとす、出でて此處を去れ、と云ひしかば、 13:32彼等に向ひて曰ひけるは、往きて彼狐に告げよ、看よ、今日も明日も、我惡魔を逐払ひ、人々を醫し、而して三日目に我事畢るべし、 13:33然れども、今日も明日も其次の日も、我は歩まざる可らず、其はエルザレムの外に斃るるは、預言者たる者に取りて相應しからざればなり、と。 13:34エルザレムよ、エルザレムよ、預言者等を殺し、汝に遣はされたる人々に石を擲つ者よ、恰も鳥が巣雛を翼の下に[集むる]如く、我が汝の子等を集めんとせし事幾度ぞや、然れど汝之を肯ぜざりき。 13:35看よ、汝等の家は荒廃れて汝等に遺らん、我汝等に告ぐ、主の御名によりて來るもの祝せられよかし、と汝等の唱へん時至るまで、汝等我を見る事なかるべし、と。

第14章 14:1イエズス安息日に麪を食せんとて、ファリザイ人の長だちたる或者の家に入り給ひしかば、彼等之を窺ひ居たり、 14:2折しも水腫に罹れる人御前に居りければ、 14:3イエズス答へて律法學士とファリザイ人とに向ひ、安息日に醫すは可きか、と曰ひしに、 14:4彼等黙然たりしかば、イエズス彼を執へて醫し、さて之を去らしめて、 14:5彼等に答へて曰ひけるは、汝等の中己が驢馬或は牛の井に陥ちたるものあらんに、安息日なりとも、誰か速に之を引上げざらんや、と。 14:6彼等は之に對して、答ふること能はざりき。 14:7又招かれたる人々の上席を擇む状態を見て、彼等に喩を語りて曰ひけるは、 14:8汝婚莚に招かれたる時、上席に着くこと勿れ、恐らくは汝よりも尊き人の招かれたらんに、 14:9汝と彼とを招きたる人來りて汝に向ひ、請ふ此客に席を譲れと云はん、然らば汝赤面して末席に着くに至るべし。 14:10然れば招かれたる時、往きて末席に着け、然らば招きたる人來りて、友よ上に進めと云はん。斯て汝、列席せる人々の前に面目あるべし。 14:11蓋総て自ら驕る人は下げられ、自ら遜る人は上げらるべし、と。 14:12イエズス又己を招きたる人に曰ひけるは、汝午餐又は晩餐を設くる時、朋友、兄弟、親族、富める隣人を招くこと勿れ、恐らくは彼等も亦汝を招きて汝に報とならん。 14:13さて饗筵を設けば、貧窮、廃疾、跛、瞽なる人を招け、 14:14彼等は汝に報ゆべき由なくして、汝福なるべし。其は義人の復活の時に報いらるべければなり、と。 14:15列席者の一人、之を聞きてイエズスに云ひけるは、神の國にて麪を食せん人は福なる哉、と。 14:16イエズス之に曰ひけるは、或人大いなる晩餐を設けて、多くの人を招待せしが、 14:17晩餐の時刻に至りて僕を遣はし、最早萬事整ひたれば來られよ、と招かれたる人々に云はしめしに、 14:18彼等皆一同に辞り出でたり。初の者は、我小作場を買ひたれば往きて見ざるべからず、請ふ我を容せ、と云ひ、 14:19次の者は、我五軛の牛を買ひたれば往きて試みんとす、請ふ我を容せ、と云ひ、 14:20又一人は、我妻を娶りたるが故に往くこと能はず、と云ひしかば、 14:21僕歸りて其次第を主人に告げしに、家父怒りて僕に云ひけるは、速に町の衢と辻とに往きて、貧窮、廃疾、瞽、跛なる人々を此處に伴ひ來れ、と。 14:22僕軈て、主よ命じ給ひし如くに為しかど尚空席あり、と云ひしかば、 14:23其時主人僕に云ひけるは、汝道及籬の下に往き、人を強ひて、我家に盈つるまで入らしめよ、と。 14:24我汝等に告ぐ、彼招かれたる者の中、一人も我晩餐を味はじ、と。 14:25群衆夥しくイエズスに伴ひければ、顧みて曰ひけるは、人我に來りて、 14:26其父母、妻子、兄弟、姉妹、己が生命までも憎むに非ざれば、我弟子たること能はず、 14:27又己が十字架を擔ひて我に從はざる人は、我弟子たること能はず。 14:28汝等の中誰か、塔を建てんと欲して、先坐して之に要する費用を測り、有てる物の之を成就するに足れりや否やを計へざらんや、 14:29若礎を定めたる後成就すること能はずば、見る者之を嘲り出でて、 14:30此人は建て始めて成就すること能はざりき、と云はん。 14:31又如何なる王か、出でて他の王と戰を交へんとするに當り、先坐して、二萬を率ゐ來る者に、能く我一萬を以て對ふことを得べきか、と、慮らざらんや、 14:32若得べからずば敵の尚遠き間に、使節を遣はして講和を求むべし。 14:33之と齊しく汝等の中、其有てる物を悉く見限らざる者は、誰にてもあれ我弟子たること能はず。 14:34塩は善き物なり、然れど塩若其味を失はば、何を以てか之に塩せん、 14:35土地にも肥料にも益なくして、外に棄てられんのみ、聞く耳を有てる人は聞け、と。

第15章 15:1時に税吏、罪人等、イエズスに聴かんとて近づきければ、 15:2ファリザイ人、律法學士等呟きて、此人は罪人を接けて共に食するよ、と云ひ居たりしかば、 15:3イエズス彼等に喩を語りて曰ひけるは、 15:4汝等の中誰か、百頭の羊ありて其一頭を失ひたらんに、九十九頭を野に舍きて其失せたるものを見出すまで尋ねざらんや。 15:5然て之を見出さば、喜びて己が肩に乗せ、 15:6家に歸りて朋友隣人を呼集め、我失せたりし羊を見出したれば我と共に喜べ、と云はん、 15:7我汝等に告ぐ、斯の如く、改心する一個の罪人の為には、改心を要せざる九十九の義人の為よりも、天に於て喜あるべし。 15:8又如何なる女か、ダラクマ十枚ありて其一枚を失ひたらんに、燈を點し、家を掃きて見出すまで能く探さざらんや。 15:9然て見出さば、己の朋友隣人を呼集めて、我が失ひたりしダラクマを見出したれば我と共に喜べ、と云はん。 15:10我汝等に告ぐ、斯の如く、改心する一個の罪人の為には、神の使等の前に喜びあるべし、と。 15:11又曰ひけるは、或人二人の子ありしが、 15:12次男なるもの父に向ひ、父よ、我に充てらるべき分の財産を我に賜へ、と云ひしかば、父は子等に財産を分てり。 15:13然て幾日も経ざるに、次男は一切を掻集めて遠國へ出立し、彼處にて放蕩なる生活に財産を浪費せり。 15:14既に一切を費して後、彼地方に大飢饉起りしかば、彼も漸く乏しくなり、 15:15其地方の或人の許に至りて之に縋りしに、其人之を己が小作場に遣りて豚を牧はせたり。 15:16斯て豚の食ふ豆莢もて己が腹を充たさん事を望み居たりしかど、之を與ふる者なかりき。 15:17軈て自省みて云ひけるは、我父の家には麪に餍ける傭人幾許かあるに、我は此處にて飢死なんとす。 15:18起ちて我父の許に至り、父よ、我は天に對しても汝の前にも罪を犯せり、 15:19我は最早汝の子と呼ばるるに足らず、願はくは我を汝の傭人の一人と視做し給へ、と云はん、と。 15:20即ち起ちて父の許を指して行きしが、未だ程遠かりけるに、父は之を見て憫を感じ、趨往きて其頚を抱き、之に接吻せり。 15:21子は、父よ、我は天に對しても汝の前にも罪を犯せり、我は最早汝の子と呼ばるるに足らず、と云ひしかど、 15:22父は僕等に向ひ、疾く最上の服を取來りて之に着せ、其手に指輪を嵌め、足に履を穿かせよ、 15:23又肥えたる犢を牽來りて屠れ、我等會食して樂しまん、 15:24其は此我子死したるに蘇り、失せたるに見出されたればなり、と云ひて宴を開けり。 15:25然るに長男は畑に居たりしが、歸來りて家に近づく時、奏樂舞踏の物音聞えしかば、 15:26僕の一人を呼びて、是は何事ぞと問ひしに、 15:27僕云ひけるは、汝の弟來れり、之を恙なく迎へたるにより、汝の父肥えたる犢を屠りたるなり、と。 15:28長男憤りて家に入る事を肯ぜざりしかば、父出でて懇に請出でけるに、 15:29彼答へて云ひけるは、看よ、我は多年汝に事へ、未曾て汝の命に背きし事なきに、一疋の小山羊だも、朋友と共に會食せん為に、汝より與へられし事なし、 15:30然るを娼妓等と共に財産を食盡したる、彼汝の子來るや、汝は之が為に肥えたる犢を屠れり、と。 15:31父之に謂ひけるは、子よ、汝は恒に我と共に居りて、我物は皆汝の物なり、 15:32然れども汝の弟は、死したるに蘇り、失せたるに見出されたれば、我等愉快を盡して喜ばざるを得ざりしなり、と。

第16章 16:1イエズス又弟子等に曰ひけるは、或富豪に一人の家令ありしが、主人の財産を浪費せりとて、訟出でられしかば、 16:2主人彼を召び、我が汝に就きて聞く所は是何事ぞや、汝最早家令たるを得ざれば、家令たりし時の會計を差出せ、と云ひしに、 16:3家令心の中に謂ひけるは、我主人家令の職を我より褫へる上は、我何を為すべきぞ、耕す事は叶はず、乞食するは羞し、 16:4家令を罷められたる後、人々の家に承けられん為には、為すべき様こそあれ、とて、 16:5主人に負債ある人々を呼集めて、初の一人に云ひけるは、我主人に對する汝の負債は幾許ぞ、と。 16:6彼、油百樽なり、と云ひしに、家令云ひけるは、汝の證書を取り、早く坐して五十と書け、と。 16:7又次の者に云ひけるは、汝の負債は幾許ぞと、彼、麦百石なりと云ひしに、家令云ひけるは、汝の證書を取りて八十と書け、と。 16:8然るに主人、此不正なる家令を誉めて、其手段を巧なりとせり。蓋此世の子等は互に光の子等よりも巧なればなり。 16:9我も亦汝等に告ぐ、汝等不正の富を以て友人を作り、息絶えし後、汝等に永遠の住處に承入れしむべく為よ。 16:10抑小事に忠なる人は大事にも亦忠なり、小事に不正なる人は大事にも亦不正なり。 16:11然れば汝等若し不正の富に於て忠ならざりせば、誰か眞の富を汝等に托せん。 16:12又他人の物に於て忠ならざりせば、誰か汝等の物を汝等に與へん。 16:13一人の僕は二人の主に兼事ふること能はず、或は一人を憎みて一人を愛し、或は一人に從ひて一人を疎むべければなり。汝等は神と富とに兼事ふること能はず、[と宣へり]。 16:14然るに貪欲なるファリザイ人等、此始終の事を聞きて嘲りければ、 16:15イエズス彼等に曰ひけるは、汝等は人の前に自ら義とする者なり、然れど神は汝等の心を知り給ふ、蓋人に取りて高き者は、神の御前に憎むべき者なり。 16:16律法と預言者等とはヨハネを限とす、其時より神の國は宣傳へられ、人皆力を盡して之に到らんとす。 16:17天地の廃るは、律法の一画の墜つるよりは易し。 16:18総て妻を出して他に娶る人は姦淫を行ふ者なり、又夫より出されたる婦を娶る人は姦淫を行ふ者なり。 16:19曾て一人の富豪あり、緋色の布と亜麻布とを纏ひ、日々奢り暮らしたるに、 16:20又ラザルと云へる一人の乞食あり、全身腫縻れて富豪の門前に偃し、 16:21其食卓より落つる屑に飽足らん事を欲すれども與ふる人なく、而も犬等來りて其腫物を舐り居たり。 16:22然るに乞食死にければ、天使に携へられてアブラハムの懐に至りたるに、富豪も亦死して地獄に葬られしが、 16:23苦痛の中に在りて、目を翹げて、遥にアブラハムと其懐なるラザルとを見、 16:24叫びて云ひけるは、父アブラハムよ、我を憫みてラザルを遣はし、其指先を水に浸して我舌を冷させ給へ、我は此焔の中に甚く苦しめるを、と。 16:25アブラハム之に云ひけるは、子よ、汝が存命の間善き物を受け、ラザルが同じ間に惡き物を受けしを記憶せよ、然ればこそ今彼は慰められて汝は苦しむなれ。 16:26加之、我等と汝等との間には大いなる淵の定置かれたれば、此處より汝等の處へ渡らんと欲するも叶はず、其處より此處に移る事も叶はざるなり、と。 16:27富豪又云ひけるは、然らば父よ、希はくはラザルを我父の家に遣はし、 16:28我に兄弟五人あれば、彼等も亦此苦悩の處に來らざる様、之に證明せしめ給へ、と。 16:29アブラハム之に云ひけるは、モイゼと預言者等とあれば、彼等は之に聴くべきなり、と。 16:30富豪、否父アブラハムよ、然れど若死者の中より至る者あらば、彼等改心すべし、と云ひければ、 16:31アブラハム之に向ひて、若モイゼと預言者等とに聴かざる彼等ならば、假令死者の中より復活すとも信ぜざるべし、と云へり、と。

第17章 17:1イエズス弟子等に曰ひけるは、躓きは來らざるを得ず、然れど之を來す人は禍なる哉、 17:2石磨を頚に懸けられて海に投入れらるるは、此小き者の一人を躓かするよりは、寧彼に取りて優れり。 17:3汝等自ら注意せよ。若汝の兄弟汝に罪を犯さば之を諌めよ、而して若改心せば之を宥せ、 17:4一日に七度汝に罪を犯して、一日に七度改心すと云ひつつ汝に立ち返らば之を宥せ、と。 17:5使徒等、願くは我等の信仰を増し給へ、と主に云ひしかば、 17:6主曰ひけるは、汝等若芥一粒程の信仰だにあらば、此桑の樹に向ひて、抜けて海に移り樹て、と云はんに、必ず汝等に順はん。 17:7汝等の中誰か、僕の耕し或は牧して畑より還れる時、之に向ひて、直に往きて食せよ、と云ふ者あらんや。 17:8却て我夕餉を支度し、我が飲食する中、帯して我に給仕せよ、さて後に汝飲食すべしと言ふに非ずや。 17:9命ぜし事を為したればとて、主人は彼僕に感謝するか、 17:10我思ふに然らず。斯の如く、汝等も命ぜられし事を悉く為したらん時、我等は無益の僕なり、為すべき事を為したる耳と言へ、と。

第三項 旅行の終

17:11イエズスエルザレムへ赴き給ふとて、サマリアとガリレアとの中程を通り給ひしが、 17:12或村に入り給ふ時、十人の癩病者之を迎へて、遥に立止り、 17:13聲を揚げて云ひけるは、師イエズスよ、我等を憫み給へ、と。 17:14イエズス之を見給ふや、汝等往きて己を司祭等に見せよ、と曰ひしかば、彼等往く程に、途中にて潔くなれり。 17:15其中の一人己の潔くなりたるを見るや、聲高く神に光榮を歸しつつ還來り、 17:16イエズスの足下に平伏して感謝せしが、是サマリア人なりき。 17:17イエズス答へて曰ひけるは、潔くなりし者は十人に非ずや、其九人は何處にか居る、 17:18此異邦人の外は、立還りて神に光榮を歸し奉れる者見えざるなり、と。 17:19即ち之に曰ひけるは、立ちて往け、蓋汝の信仰汝を救へり、と。 17:20神の國は何時來るべきかと、ファリザイ人に問はれし時、イエズス答へて曰ひけるは、神の國は目に見えて來るものに非ず、 17:21又、看よ、此處に在り彼處にありと云ふべきにも非ず、神の國は即ち汝等の中に在ればなり、と。 17:22又弟子等に曰ひけるは、汝等が人の子の一日を見んと欲する日來らん、然れど之を見ざるべし。 17:23又人は、看よ此處に在り彼處に在り、と云はんも、往くこと勿れ、從ふこと勿れ、 17:24其は電光の閃きて空の極より極に光る如く、人の子も其日に當りて然あるべければなり。 17:25然れど豫め多くの苦を受け、且此時代の人に棄てられざるべからず。 17:26ノエの日に起りし如く、人の子の日にも亦然あらん、 17:27即ちノエが方舟に入る日まで、人々飲食し、妻を娶り、娶せられ居りしが、洪水來りて悉く彼等を亡ぼせり。 17:28又ロトの日に起りし如くならん、即ち人々飲食し、売買し、植ゑ、建てなど為し居りしが、 17:29ロトがソドマより出でし日には、天より火と硫黄と降りて、彼等を悉く亡ぼせり。 17:30人の子の現るべき日にも亦斯の如くなるべし。 17:31其時人屋根に居りて器具家の内に在らば、之を取らんとて下るべからず、畑に居る人も亦同じく歸るべからず。 17:32ロトの妻の事を憶へ。 17:33総て己が生命を救はんと欲する人は之を失ひ、失はん人は之を保たん。 17:34我汝等に告ぐ、彼夜には二人一個の寝牀に居らんに、一人は取られ一人は遺されん、 17:35二人の婦共に磨挽き居らんに、一人は取られ一人は遺されん、二人の男畑に居らんに、一人は取られ一人は遺されん、と。 17:36弟子等答へて、主よ、何處ぞ、と云ひしかば、 17:37何處にもあれ、屍の在らん處に鷲も亦集るべし、と曰へり。

第18章 18:1イエズス又、人常に祈りて倦まざるべしとて、彼等に喩を語りて曰ひけるは、 18:2或町に神をも畏れず人をも顧みざる一人の判事ありしが、 18:3又其町に一人の寡婦ありて、彼に詣り、我に仇する人を處分し給へ、と云ひ居たりしを、 18:4彼久しく肯ぜざりしかど、其後心の中に謂へらく、我は神をも畏れず人をも顧みざれど、 18:5彼寡婦の我に煩はしければ、之が為に處分せん、然せずば、最後には來りて我を打たん、と。 18:6主又曰ひけるは、汝等彼不義なる判事の謂へる事を聞け。 18:7神は何為ぞ、其選み給へる人々の晝夜己に呼はるを處分せずして、其苦しめらるるを忍び給はんや。 18:8我汝等に告ぐ、神は速に彼等の為に處分し給ふべし。然りながら人の子の來らん時、世に信仰を見出すべきか、と。 18:9又己を義人として自ら恃み、他を蔑にせる人々に向ひて、次の喩を語り給へり。 18:10二人の人祈らんとて[神]殿に昇りしに、一人はファリザイ人、一人は税吏なりしが、 18:11ファリザイ人立ちて心の中に祈りけるは、神よ、我は他の人の窃盗者、不正者、姦淫者なるが如くならず、又此税吏の如くにも非ざる事を、汝に感謝し奉る。 18:12我は一週間に二回断食し、全歳入の十分の一を納むるなり、と。 18:13然るに税吏は遥に立ちて、目を天に翹ぐる事だにも敢てせず、唯胸を打ちて、神よ、罪人なる我を憫み給へ、と云ひ居たり。 18:14我汝等に告ぐ、此人は、彼人よりも義とせられて、己が家に降り往けり。蓋総て自ら驕る人は下げられ、自ら遜る人は上げらるべし、と。 18:15時に人々又、イエズスに觸れしめんとて、孩兒を携へ來りしを、弟子等見て叱りけるに、 18:16イエズス孩兒を呼寄せて曰ひけるは、子等の我に來るを容して、之を禁ずること勿れ、神の國は斯の如き人の有なればなり。 18:17我誠に汝等に告ぐ、誰にても孩兒の如く神の國を承くるにあらずば之に入らじ、と。 18:18一人の重立ちたる者イエズスに問ひて、善き師よ、我何を為してか永遠の生命を得べき、と云ひしかば、 18:19イエズス曰ひけるは、何ぞ我を善きと謂ふや、神獨りの外に善きものはあらず。 18:20汝は掟を知れり、即ち殺す勿れ、姦淫する勿れ、盗する勿れ、僞證する勿れ、汝の父母を敬へ、と是なり、と。 18:21彼、我幼年より悉く之を守れり、と云ひしに、 18:22イエズス之を聞きて曰ひけるは、汝尚一を缼けり、悉く汝の有てる物を売りて、之を貧者に施せ、然らば天に於て寶を得ん、然して後來りて我に從へ、と。 18:23之を聞きて彼甚く悲しめり、其は富豪なればなり。 18:24イエズス彼が悲しむを見て曰ひけるは、富める者の神の國に入るは如何に難きぞや、 18:25蓋駱駝が針の孔を通るも、富者が天國に入るよりは易し、と。 18:26之を聞ける人々、然らば誰か救はるうことを得ん、と云ひたるに、 18:27イエズス曰ひけるは、人に叶はざる事も神には叶ふものぞ、と。 18:28其時ペトロ、然て我等は一切を棄てて汝に從ひたり、と云ひしかば、 18:29イエズス彼等に曰ひけるは、我誠に汝等に告ぐ、誰にもあれ神の國の為に、或は家、或は兩親、或は兄弟、或は妻、或は子供を離るる人の、 18:30此世にて更に多くの物を受け、後の世に永遠の生命を受けざるはなし、と。 18:31斯てイエズス十二人を携へて之に曰ひけるは、我等今度エルザレムに上る、人の子の就きて預言者等の手に録されたる事は悉く成就せん。 18:32即ち彼は異邦人に付され、弄られ、辱められ、唾せられ、 18:33然て鞭ちたる後、彼等之を殺さん、而して三日目に復活すべし、と。 18:34十二人は此事等少も解せざりき、蓋此言彼等に隠されて、其言はるる所を暁らざりしなり。 18:35イエズスエリコに近づき給ふ時、一人の瞽者路傍に坐して施を乞ひ居りしが、 18:36群衆の過るを聞きて、是は何事ぞと問ひけるに、 18:37人々ナザレトのイエズスの過ぎ給ふ由を告げしかば、 18:38彼叫びて、ダヴィドの子イエズスよ、我を憫み給へ、と云へり。 18:39先てる人々之を叱りて黙せしめんとすれども、彼益、ダヴィドの子よ、我を憫み給へ、と叫び居ければ、 18:40イエズス立止り、命じて之を連來らしめ給ひ、其近づきし時之に問ひて、 18:41我が汝に何を為さん事を欲するぞ、と曰ひしに彼、主よ、見えしめ給はん事を、と云へり。 18:42イエズス曰ひけるは、見えよ、汝の信仰汝を救へり、と。 18:43彼忽ち見え、神に光榮を歸しつつイエズスに從ひたりしが、民衆之を見て、挙りて神に光榮を歸し奉れり。

第19章 19:1イエズスエリコに入りて歩行き給ふに、 19:2折しもザケオと云へる人あり、即ち税吏の長にして、而も富豪なりしが、 19:3イエズスの何人なるかを見んとすれど、丈低くして群衆の為に見得ざりければ、 19:4見ゆる様にと、前に趨行きて桑葉無花果樹に上れり、其處をば通り給ふべければなり。 19:5イエズス其所に至りて目を翹げ、彼を見て曰ひけるは、ザケオ急ぎ下りよ、今日我汝の家に宿らざるべからず、と。 19:6彼急ぎ下りて歓迎せしかば、 19:7衆人之を見て、イエズス罪人の客となれり、と呟きければ、 19:8ザケオ立ちて主に云ひけるは、主看給へ、我は我財産の半を貧者に施し、若人を損害せし事あらば、償ふに四倍を以てせんとす、と。 19:9イエズス之に曰ひけるは、此家今日救を得たり、其は此人もアブラハムの子なればなり。 19:10蓋人の子の來りしは、亡びたる者を尋ねて救はん為なり、と。 19:11人々之を聞きつつ居りしに、イエズス之に加へて一の喩を語り給へり、是身は既にエルザレムに近く、又彼等が神の國直に現るべしと思ひ居れるを以てなり。 19:12乃ち曰ひけるは、或貴人遠國へ往き、封國を受けて歸らんとて、 19:13己が家來十人を呼びて金十斤を渡し、我が來るまで商売せよ、と命じ置きしが、 19:14國民彼を憎みければ後より使を遣りて、我等は彼人の我王と成る事を否む、と云はせたれど、 19:15彼封國を受けて歸り來り、曾て金を與へ置きし家來が各商売して如何許の贏ありしかを知らん為に、命じて之を呼ばしめしが、 19:16初の者來りて、主君よ、汝の金一斤は十斤を儲けたり、と云ひしに、 19:17主人云ひけるは、善し、良僕よ、汝は僅なものに忠なりしが故に十の都會を宰るべし、と。 19:18次の者來りて、主君よ、汝の金一斤は五斤を生じたり、と云ひしに、 19:19主人云ひけるは、汝も五の都會を宰れ、と。 19:20又一人來りて、主君よ、是汝の金一斤なり、我之を袱紗に包置けり、 19:21其は汝が厳しき人にして、置かざる物を取り播かざる物を穫るを以て、我汝を懼れたればなり、と云ひしに、 19:22主人云ひけるは、惡僕よ、我汝を其口によりて鞫かん、汝は我が厳しき人にして、置かざる物を取り播かざる物を穫るを知りたるに、 19:23何ぞ我金を銀行に渡さざりしや、然らば我來りて之を利と共に受取りしならん、と。 19:24斯て立會へる人々に向ひ、彼より其金一斤を取りて、十斤を有てる者に與へよ、と云ひければ、 19:25彼等、主君よ、彼は既に十斤を有てり、と云ひしかど、 19:26我汝等に告ぐ、総て有てる人はなお與へられて餘あらん、然れど有たぬ人は、其有てる物までも奪はれん。 19:27然て己等に我が王たる事を否みし敵等を此處に引來りて、我眼前に殺せ、[と云へり]と。 19:28斯く曰ひ終りて、先ちてエルザレムに上り往き給へり。

第四篇 イエズスの御受難及御復活

第一項 最後の一週間の始

第一款 エルザレムにて歓迎せられ給ふ

19:29斯て橄欖山と云へる山の麓なるベトファゲとベタミアとに近づき給ひしかば、弟子等の二人を遣はさんとして、 19:30曰ひけるは、汝等對面の村に往け、然て之に入らば、何人も未だ乗らざる驢馬の子の繋がれたるに遇はん、其を解きて此處に牽來れ、 19:31若何故に之を解くぞと問ふ人あらば、主之を用ひんと欲し給ふと云へ、と。 19:32遣はされたる人々往きて、曰ひし如く小驢馬の立てるに遇ひ、 19:33之を解く中に其主等、何故に之を解くぞ、と云ふを 19:34彼等は主之を要し給ふなり、と云ひて、 19:35イエズスの御許に牽來り、己が衣服を小驢馬に掛てイエズスを乗せたり。 19:36往き給ふ路次、人々面々の衣服を道に舗きたりしが、 19:37既に橄欖山の下坂に近づき給ふ時、弟子等の群衆挙りて、曾て見し諸の奇蹟に對して、聲高く神を賛美し始め、 19:38主の名によりて來れる王祝せられよかし、天には平安、最高き所には光榮あれ、と云ひければ、 19:39群衆の中より、或ファリザイ人等イエズスに向ひ、師よ、汝の弟子等を戒めよ、と云ひしに、 19:40イエズス曰ひけるは、我汝等に告ぐ、此人々黙せば石叫ぶべし、と。 19:41イエズス近づき給ふや市街を見つつ之が為に泣きて曰ひけるは、 19:42汝も若汝の此日に於てだも、汝に平和を來すべきものの何なるかを知りたらば[福ならんに]、今は汝の目より隠れたり。 19:43蓋日将に汝に來らんとす、即ち其敵等、塁を汝の周圍に築き、取圍みつつ四方より迫り、 19:44汝と其内に在る子等とを地に打倒し、汝には一の石をも石の上に遺さじ、其は汝が訪問せられし時を知らざりし故なり、と。 19:45イエズス[神]殿に入り、其内にて売買する人々を逐出し始め給ひ、 19:46然て之に曰ひけるは、録して「我家は祈の家なり」とあるに、汝等は之を盗賊の巣窟となせり、と。 19:47斯て日々[神]殿にて教へ居給へるを、司祭長、律法學士、及び人民の重立ちたる人々、殺さんとて企み居たれど、 19:48之を如何にすべきかを想ひ得ざりき、其は人民皆憧れて之に聴き居たればなり。

第二款 イエズスと其敵

第20章 20:1一日イエズス[神]殿に於て人民を教へ、福音を宣べ居給ひけるに、司祭長、律法學士等、長老等と共に集ひ來りて之に向ひ、 20:2我等に告げよ、汝は何の権を以て此等の事を為すぞ、又此権を汝に與へし者は誰ぞ、と云いしかば、 20:3答へて曰ひけるは、我も一言汝等に問はん、我に答へよ、 20:4ヨハネの洗禮は天よりせしか人よりせしか、と。 20:5彼等案じ合ひて、若天よりと云はば、何故に之を信ぜざりしぞと云はれん、 20:6若人よりと云はば人民挙りてヨハネの預言者たる事を確信せるが故に、我等に石を擲たんとて、 20:7遂に其何れよりせしかを知らず、と答へしかば、 20:8イエズス彼等に曰ひけるは、我も亦何の権を以て此等の事を為すかを汝等に告げず、と。 20:9然てイエズス人民に向ひて、喩を語出し給ひけるは、或人葡萄畑を造り、之を小作人に貸して久く遠方に居りしが、 20:10季節に至り己に葡萄畑の果を納めしめんとて、一人の僕を小作人等の許に遣はししに、彼等は之を殴ちて空しく歸せり。 20:11又他の僕を遣はししに、之をも殴ち且辱めて空しく歸し、 20:12尚第三の者を遣はししに、之をも傷けて遂出せり。 20:13是に於て葡萄畑に主謂ひけるは、是は如何に為べき、我は我愛子を遣はさん、彼等之を見ば、或は敬ふならん、と。 20:14小作人等之を見るや、案じ合ひて、是は相続者なり、率ざ之を殺さん、然すれば家督は我等が有となるべし、と云ひて、 20:15葡萄畑の外に遂出して之を殺せり。此時に當りて葡萄畑の主、如何に彼等を處分すべきか、 20:16自ら來りて小作人等を亡ぼし、其の葡萄畑を他の人に付すべきなり、と。司祭長等之を聞きて、然るべからず、と云ひしかば、 20:17イエズス彼等を熟視めて曰ひけるは、然らば録して「建築者の棄てたる石は隅石と成れり、 20:18総て此石の上に墜つる人は砕かれ、又此石誰の上に墜つるも之を微塵にせん」とあるは何ぞや、と。 20:19司祭長、律法學士等、イエズスが己等を斥して此喩を語り給ひしを暁りければ、即時に彼を取押へんとせしかど、人民を懼れたり。 20:20斯て彼等は事の様を窺ひつつ、イエズスを総督の権威の下に引渡すべき言質を取らしめんとて、己を義人に装へる間者等を遣はししに、 20:21彼等イエズスに問ひて云ひけるは、師よ、我等は汝の語り且教へ給ふ所の正しくして、人を贔屓せず、眞理に據りて神の道を教へ給ふ事を知れり。 20:22然て我等セザルに税を納むるは可きや否や、と。 20:23イエズス彼等の狡猾なるを慮りて曰ひけるは、何ぞ我を試むるや、 20:24デナリオを我に示せ、之に在る像と銘とは誰のなるぞ、と。彼等答へてセザルのなり、と云ひしに 20:25曰はく、然らばセザルの物はセザルに歸し、神の物は神に歸せ、と。 20:26彼等イエズスの言を人民の前に咎むること能はず、其答に感服して沈黙せり。 20:27又復活を否定せるサドカイ人數人近づきて、問ひて云ひけるは、 20:28師よ、モイゼが我等に書置きし所によれば、人の兄弟妻を娶りて死し、後に子等無き時は、其兄弟其妻を娶りて、兄弟に子を得さすべきなり。 20:29然れば爰に兄弟七人ありしに、兄妻を娶り、子なくして死したれば、 20:30其次なる者之を娶りしが、亦子なくして死せしかば、 20:31第三の者之を娶り、七人皆同じ様にして、子を遺さずして死し、 20:32最後に婦も亦死せり、 20:33然らば復活の時、彼婦は彼等の中誰の妻たるべきか、其は七人之を娶りたればなり、と。 20:34イエズス彼等に曰ひけるは、現世の子等は娶嫁すれども、 20:35來世及び復活に堪へたりとせらるべき人々は、嫁がず娶らざらん、 20:36蓋最早死する能はず、復活の子なれば天使に等しくして神の子等なり。 20:37抑死者の復活する事は、モイゼ茨の篇に、主を「アブラハムの神、イザアクの神、ヤコブの神」と稱して之を示せり、 20:38即ち死者の神には非ずして、生者の神にて在す、其は人皆之に活くればなり、と。 20:39或律法學士等答へて、師よ、善く曰へり、と云ひしが、 20:40其後は何事をも敢て問ふ者なかりき。 20:41然て彼等に曰ひけるは、キリストをダヴィドの子なりと言ふは何ぞや。 20:42即ちダヴィド自ら詩篇に於て曰く、「主我主に曰へらく、 20:43我汝の敵等を汝の足台とならしむ迄、我右に坐せよ」と、 20:44ダヴィド既に之を主と稱するに、彼爭か其子ならんや、と。 20:45人民皆聞ける中にて、イエズス弟子等に曰ひけるは、 20:46律法學士等に用心せよ、彼等は敢て長き衣を着て歩み、衢にては敬禮、會堂にては上座、宴會にては上席を好み、 20:47長き祈を装ひて寡婦等の家を喰盡すなり、彼等は尚大いなる宣告を受くべし、と。

第21章 21:1イエズス目を翹げて、富める人々の賽銭を賽銭箱に投るるを見、 21:2又一人の貧しき寡婦の二厘を投るるを見て、 21:3曰ひけるは、我誠に汝等に告ぐ、彼貧しき寡婦は凡ての人より多く投れたり。 21:4其は、彼等は皆其餘れる中より賽銭を投れたるに、彼婦は其乏しき中より有てる活計の料を悉く投れたればなり、と。

第三款 種々の預言

21:5或人々、神殿が美き石及び献物にて飾られたる事を語れるに、イエズス曰ひけるは、 21:6汝等の見る此品々、終には一の石も崩れずして石の上に遺らざる日來らん、と。 21:7彼等又問ひて、師よ、此等の事は何時あるべきぞ、其起らん時には如何なる兆かあるべき、と云ひしに、 21:8イエズス曰ひけるは、汝等惑はされじと注意せよ、其は多くの人我名を冒して來り、我なり、時は近し、と云ふべければなり。然れば彼等に從ふこと勿れ、 21:9又戰争叛亂ありと聞くとも怖るること勿れ、此事等は先有るべしと雖、終は未だ直に來らざるなり、と。 21:10斯て彼等に曰ひけるは、民は民に、國は國に起逆らひ、 21:11又處々に大地震、疫病、飢饉あり、天に凶變あり、大いなる兆あるべし。 21:12然て此一切の事に先ちて、人々我名の為に汝等に手を下して汝等を迫害し、會堂に、監獄に付し、王侯総督の前に引かん、 21:13此事の汝等に起るは證據とならん為なり。 21:14然れば汝等覚悟して、如何に答へんかと豫め慮ること勿れ、 21:15其は我、汝等が凡ての敵の言防ぎ言破ること能はざるべき、口と智恵とを汝等に與ふべければなり。 21:16又汝等は親、兄弟、親族、朋友より売られ、其中或は彼等に殺さるる者もあるべく、 21:17又我名の為に凡ての人に憎まれん。 21:18然れども、汝等の髪毛の一縷だも失せじ。 21:19忍耐を以て其魂を保て。 21:20然てエルザレムが軍隊に取圍まるるを見ば、其時其滅亡は近づきたりと知れ。 21:21其時ユデアに居る人は山に遁るべく、市中に居る人は立退くべく、地方に居る人は市中に入るべからず。 21:22此は是刑罰の日にして、録されたる事総て成就すべければなり。 21:23然れど其日に當りて孕める人、乳を哺まする人は禍いなる哉、其は地上に大いなる難ありて、怒は此民に臨むべければなり。 21:24斯て人々は剣の刃に倒れ、捕虜となりて諸國に引かれ、エルザレムは異邦人に蹂躙られ、諸國民の時満つるに至らん。 21:25又日、月、星に兆顕れ、地上には海と波との鳴轟きて、諸の國民之が為に狼狽へ、 21:26人々は全世界の上に起らんとする事を豫期して、怖ろしさに憔悴ん、其は天上の能力震動すべければなり。 21:27時に人の子が、大いなる権力と威光とを以て、雲に乗り來るを見ん。 21:28是等の事起らば、仰ぎて首を翹げよ、其は汝等の救贖はるること近ければなり、と。 21:29イエズス又彼等に喩を語り給ひけるは、無花果及び一切の樹を見よ、 21:30既に自ら芽せば、汝等夏の近きを知る。 21:31斯の如く此事等の起るを見ば、神の國は近しと知れ。 21:32我誠に汝等に告ぐ、此事の皆成就するまで、現代は過ぎざらん、 21:33天地は過ぎん、然れど我言は過ぎざるべし。 21:34自ら慎め、恐らくは汝等の心、放蕩、酩酊、或は今生の心勞の為に鈍りて、彼日は思はず汝等の上に來らん、 21:35此は地の全面に住む人間一切の上に、罠の如く來るべければなり。 21:36然れば汝等、來るべき此凡ての事を迯れ、人の子の前に立つに堪へたる者とせらるる様、警戒して不断に祈れ、と。 21:37イエズス晝は[神]殿にて教へ、夜は出でて橄欖山と云へる山に宿り居給ひしが、 21:38人民は、之に聴かんとて、朝早くより[神]殿の内に於て、御許に至り居りき。

第二項 イエズスの御受難、御死去、及び殮葬

第一款 敵等イエズスの死刑を謀る

第22章 22:1然て過越と稱する無酵麪の祭日近づきけるに、 22:2司祭長、律法學士等、如何にしてかイエズスを殺すべきと相謀りたれど、人民を懼れ居たり。 22:3然るにサタン、十二人の一人にしてイスカリオテとも呼ばれたるユダに入りしかば、 22:4彼往きて、司祭長、官吏等にイエズスを売る方法を語りしかば、 22:5彼等喜びて之に金を與えんと約せしに、 22:6ユダ諾して、群衆の居らざる時にイエズスを付さんものと、機を窺ひ居たり。

第二款 最終の晩餐

22:7斯て過越[の恙]を屠るべき無酵麪の日來り、 22:8イエズス、ペトロとヨハネとを遣はさんとして、汝等往きて、我等が食せん為、過越の備を為せ、と曰ひしかば 22:9彼等、何處に備へん事を望み給ふぞ、と云ひしに 22:10イエズス曰ひけるは、汝等市中に入る時、看よ、水瓶を肩にせる人汝等に遇はん、其入る家に随行きて 22:11其家の主に向ひ、師汝に謂ひて、我が弟子と共に過越の食事を為すべき席は何處に在るかと曰ふ、と云へ、 22:12然らば彼既に整へたる大いなる高間を汝等に示さん、汝等其處にで準備せよ、と。 22:13彼等往きて見るに、イエズスの曰ひし如くなりしかば、過越の準備を為せり。 22:14時至りて、イエズス十二使徒と共に食に就き給ひしが、 22:15彼等に曰ひけるは、我苦を受くる前に此過越の食事を汝等と共にせん事を切に望めり、 22:16蓋我汝等に告ぐ、其が神の國にて成就するまでは、我今より之を食せざるべし、と。 22:17軈て杯を執り、謝して曰ひけるは、取りて汝等の中に分て、 22:18蓋我汝等に告ぐ、神の國の來るまでは、我葡萄の液を飲まじ、と。 22:19又麪を取り、謝して之を擘き、彼等に與へつつ曰ひけるは、是汝等の為に付さるる我體なり、我記念として之を行へ、と。 22:20晩餐了りて後、杯をも亦斯の如くにして曰ひけるは、此杯は、汝等の為に流さるるべき我血に於る新約なり。 22:21然りながら看よ、我を付す人の手我と共に食卓に在り。 22:22抑人の子は豫定せられし如くにして逝くと雖も、之を付す人は禍なる哉、と。 22:23斯て弟子等己等の中に於て之を為さんとする者は誰なるぞ、と互に僉議し始めたり。 22:24然るに、己等の中大いなりと見ゆべき者は誰ぞ、と争起りしかば、 22:25イエズス彼等に曰ひけるは、異邦人の帝王は人を司り、又人の上に権を執る者は恩人と稱せらる、 22:26然れど汝等は然あるべからず、却て汝等の中に大いなる者は小き者の如くに成り、首たる者は給仕の如くに成るべし。 22:27蓋食卓に就ける者と給仕する者とは、孰か大いなるぞ、食卓に就ける者ならずや、然れども我が汝等の中に在るは給仕する者の如し。 22:28汝等は我が患難の中に於て絶えず我に伴ひし者なれば、 22:29我父の我に備へ給ひし如く、我も汝等の為に國を備へんとす、 22:30是汝等をして、我國に於て我食卓に飲食せしめ、又高座に坐してイスラエルの十二族を審判せしめん為なり、と。 22:31主又曰ひけるは、シモンシモン、看よ、麦の如く篩はんとて、サタン汝等を求めたり、 22:32然れど我汝の為に、汝が信仰の絶えざらん事を祈れり、汝何時か立歸りて、汝の兄弟等を堅めよ、と。 22:33彼イエズスに向ひ、主よ、我汝と共に監獄にも、死にも至らん覚悟なり、と云ひしかば、 22:34イエズス曰ひけるは、ペトロ、我汝に告ぐ、今日鶏鳴はざる中、汝三度我を知らずと否まん、と。又彼等に曰ひけるは、 22:35我が汝等を、財布なく、嚢なく、履なくて遣はしし時、汝等に何の不足かありし、と。 22:36彼等、無かりきと云ひしかば、曰ひけるは、然りながら今は、財布ある者は之を携へ、嚢をも亦然せよ、無き者は己が上衣を売りて剣を買へ、 22:37蓋我汝等に告ぐ、録して「彼は罪人に列せられたり」とあるも、亦我に於て成就せざるべからず、其は凡我に関する所、将に了らんとすればなり、と。 22:38弟子等、主よ、見給へ、此處に二口の剣あり、と云ひしかば、イエズス、足れり、と曰へり。

第三款 ゲッセマニに於るイエズス

22:39然て出でて、例の如く橄欖山へ往き給ふに、弟子等も之に從ひしが、 22:40處に至り給ふや、彼等に向ひて、汝等誘惑に入らざらん為に祈れ、と曰ひ、 22:41自らは石の投げらるる程を彼等より引離れて跪き、祈りて 22:42曰ひけるは、父よ、思召ならば、此杯を我より取除き給へ、然りながら我心の儘にはあらで、思召成れかし、と。 22:43時に一箇の天使天より現れて力を添へしが、イエズス死ぬばかり苦しみて、祈り給ふ事愈切に、 22:44汗は土の上に滴りて、血の雫の如くに成れり。 22:45斯て祈より起上りて、弟子等の許に來給ひしが、彼等が憂の為に眠れるを見て、 22:46曰ひけるは、何ぞ眠れるや、起きよ、誘惑に入らざらん為に祈れ、と。

第四款 イエズス捕へられ給ふ

22:47尚語り給へる中に、折しも一団の群衆來りしが、十二人の一人なるユダと云へる者先ち居り、イエズスに接吻せんとて近づきしかば、 22:48イエズス之に曰ひけるは、ユダ、接吻を以て人の子を付すか、と。 22:49斯てイエズスの周圍に居たる人々事の成行を見て、主よ、我等剣を以て撃たば如何に、と云ひつつ、 22:50其一人、大司祭の僕を撃ちて、其右の耳を切落せり。 22:51イエズス答へて、汝等是迄にて容せ、と曰ひ、彼の耳に触れて之を醫し給へり。 22:52然て己に近づける司祭長、神殿の司、長老等に曰ひけるは、汝等は、強盗に向ふ如く、剣と棒とを持ちて出來りしか、 22:53我日々汝等と共に神殿に在りしに、汝等我に手を掛けざりき。然れども今は汝等の時なり、黒暗の勢力なり、と。 22:54彼等イエズスを捕へて大司祭の家に引行きしかば、ペトロ遥に從ひたりしが、 22:55彼等庭の中央に炭火を焚きて其周圍に坐せるに、ペトロも其中に坐し居たりき。 22:56一人の下女、彼が火光に坐せるを見て之を熟視め、此人も彼と共に在りき、と云ひければ、 22:57ペトロイエズスを否みて、女よ、我彼を知らず、と云へり。 22:58少頃ありて、又一人の男ペトロを見て、汝も彼等の一人なり、と云ひしに、ペトロ、人よ、我は然らず、と云へり。 22:59約一時間を経て、又一人言張りて、實に此人も彼に伴ひたりき、是もガリレア人なれば、と云ひしに 22:60ペトロは、人よ、我汝の云ふ所を知らず、と云ひしが、未だ言終らざるに鶏忽ち鳴へり。 22:61此時主回顧りて、ペトロを見給ひしかば、ペトロは、鶏鳴はぬ前に汝三度我を否まん、と曰ひたりし主の御言を思起し、 22:62外に出でて甚く泣出せり。 22:63衛れる人々、イエズスを打ちて嘲笑ひ、 22:64御目を掩ひて御顔を打ち、然て問ひて、預言せよ、汝を打てるは誰なるぞ、と云ひ、 22:65尚之に向ひ冒涜して、様々の事を云ひ居たり。 22:66夜の明くると共に、民間の長老、司祭長、律法學士等相集り、イエズスを其衆議所に引きて、汝はキリストなるか、我等に告げよ、と云ひしかば、 22:67イエズス彼等に曰ひけるは、我汝等に告ぐとも、汝等我を信ぜじ、 22:68又我問ふとも我に答へず、又我を放たじ、 22:69然れども今より後、人の子は全能に在す神の右に坐し居らん、と。皆云ひけるは、然らば汝は神の子なるかと。 22:70イエズス、汝等の云へるが如し、我は其なり、と曰ひしかば、 22:71彼等云ひけるは、我等何ぞ尚證據を要せんや、自ら其口より聞けるものを、と。

第五款 イエズスピラトの前に出廷し給ふ

第23章 23:1斯て群衆一同に立上りて、イエズスをピラトの許に引行き、 23:2之を訟へて云出しけるは、我等此人の我國民を惑はし、セザルに税を納むる事を禁じ、己を王たるキリストなりと云へるを認めたり、と。 23:3ピラトイエズスに問ひて、汝はユデア人の王なるか、と云ひしかば、答へて、汝の云へるが如し、と曰へり。 23:4ピラト司祭長等と群衆とに向ひ、我は此人に罪を認めず、と云ひしかど、 23:5彼等益言張りて、彼はガリレアを始め此地に至る迄、ユデアの全國に教へつつ、人民を煽動す、と云へり。 23:6ピラトガリレアと聞きて、此人はガリレア人なるかと問ひ、 23:7其ヘロデが権下の者なるを知るや、彼も當時エルザレムに居りければ、イエズスをヘロデの許に送れり。 23:8ヘロデはイエズスを見て大いに喜べり、是曾て彼に就きて多く聞く所ありて、久しく之に遇はん事を冀ひ、彼によりて行はるる不思議を見んことを望み居たればなり。 23:9斯て多くの言を以て問ひしかど、イエズス何をも答へ給はず、 23:10司祭長、律法學士等、傍に立ちて頻に之を訟へければ、 23:11ヘロデ其兵士等と共に侮辱を加へ、白き衣服を着せて之を調戯り、終にピラトに送還せり。 23:12ヘロデとピラトとは曾て相讐敵たりしが、此日よりして朋友となれり。 23:13ピラト、司祭長と官吏と人民とを呼集めて 23:14云ひけるは、汝等此人を、人民を惑はす者として、我に差出せり。然れども看よ、我之を汝等の前に審問すれども、汝等の訟ふる諸件に就きては、毫も之に罪を見出さず、 23:15ヘロデも亦然り、即ち我汝等を彼の許に差廻したりしに、死に當るべき何等の處分もなかりしなり、 23:16故に我懲らして之を免さんとす、と。 23:17然て祭日に當りては一人を人民に免さざるを得ざりければ、 23:18群衆一同に叫びて、此人を除きて、我等にバラバを免せ、と云へり。 23:19バラバとは、市中に起りし一揆と人殺との為に、監獄に入れられたる者なり。 23:20ピラトはイエズスを免さんと欲して、再び彼等に語りしかども、 23:21彼等又々叫びて、之を十字架に釘けよ、十字架に釘けよ、と云ひ居たり。 23:22ピラト三度目に彼等に向ひて、此人何の惡事をか為したる、我は毫も死罪を認めざれば、懲して之を免さんとす、と云ひたるに、 23:23彼等聲高く、頻に十字架に釘けん事を求め、其聲愈激しければ、 23:24ピラト彼等の求に應ぜんと決し、 23:25其求むる儘に、彼人殺と一揆の為に監獄に入れられたる者を免し、イエズスをば、彼等の意に任せたり。

第六款 十字架上の犠牲

23:26彼等イエズスを引行く時、田舎より來懸れるシモンと云へるシレネ人を執へ、強ひてイエズスに後に跟きて十字架を擔はせたり。 23:27然て夥しき人民、及びイエズスの御身上を泣唧てる婦人等、其後に從ひければ、 23:28イエズス此等を顧みて曰ひけるは、エルザレムの女等よ、我身上を泣くこと勿れ、己を己が子等との身上を泣け。 23:29看よ、日は将に來らんとす、其時人々は云はん、石女なる者、未だ産まざる腹、未だ哺ませざる乳房は福なりと、 23:30其時又山に向ひては、我等の上に墜ちよと言ひ、岡に向ひては、我等を覆へと言出さん、 23:31蓋生木すら斯く為らるれば、枯木は如何にか為らるるべき、と。 23:32然て二人の罪人、殺さるべきにて、イエズスと共に引かれつつありしが、 23:33髑髏(カルヴァリオ)と云へる處に至りて、イエズスを十字架に釘け、彼強盗をも、一人は右に、一人は左に、磔にしたり。 23:34斯てイエズスは、父よ、彼等は為す所を知らざる者なれば、之を赦し給へ、と曰ひけるに、彼等はイエズスの衣服を分ちて鬮取にせり。 23:35人民は立ちて眺め居たりしが、長等は彼等と共にイエズスを嘲りて、彼は他人を救へり、果して神より選まれたるキリストならば、己を救ふべし、と云ひ、 23:36兵卒等も亦之を嘲りつつ、近づきて醋を差出し、 23:37汝若ユデア人の王ならば己を救へ、と云ひ居たり。 23:38イエズスの上には、ギリシア、ラテン及びヘブレオの文字にて書きたる罪標ありて、「是ユデア人の王なり」とありき。 23:39彼吊られたる強盗の中、一人は冒涜して、汝キリストならば、己と我等とを救へ、と云へるに、 23:40一人は答へて之を咎め、汝は同じ刑罰を受けながら、尚神を畏れざるか、 23:41我等は己が所為に當る酬を受くるものなれば當然なれども、此人は何の惡をも為したる事なし、と云ひて、 23:42又イエズスに向ひ、主よ、御國に至り給はん時、我を記憶し給へ、と云ひけれは、 23:43イエズス曰ひけるは、我誠に汝に告ぐ、今日汝我と共に樂園に在るべし、と。 23:44時は殆十二時なりしが、三時に至るまで、地上徧く暗黒と成り、 23:45日暗みて、神殿の幕中より裂けたり。 23:46イエズス聲高く呼はりて、父よ、我霊を御手に托し奉る、と曰ひしが、斯く曰ひつつ息絶え給へり。 23:47百夫長事の顛末を見て、神に光榮を歸し、實に此人は義人なりき、と云ひしが、 23:48此惨状に立會ひて、事の次第を見たる群衆も、皆己が胸を打ちつつ歸りたり。 23:49然れどイエズスの知人、及ガリレアより從ひたりし婦人等は遥に立ちて事の様を眺め居たり。 23:50折しも、議員の一人にユデアの町なるアリマラアのヨゼフと名くる人あり、義しき善人にして、 23:51彼等の決議及處分に同意せず、己も神の國を待ち居りしが、 23:52ピラトの許に至りてイエズスの御屍を求め、 23:53取下して布に包み、石を鑿穿ちて作りたる墓の、未だ誰をも葬りし事なきに納めたり。 23:54恰も用意日にして安息日の暁なりしが、 23:55ガリレアよりイエズスに伴ひ來りし婦人等後に從ひて、其墓とイエズスの御屍の置かれたる状態とを見、 23:56歸りて香料及香油を支度せしかと、安息日の間は掟に循ひて息めり。

第三項 イエズスの御復活

第24章 24:1安息日の翌日、婦人等支度せし香料を携へて朝早く墓に至り、 24:2墓より石の転ばし退けられたるを見て、 24:3内に入りけるに、主イエズスの御屍見當らざしかば、 24:4之に當惑したりしが、折しも輝ける衣服を着けたる二人の男、彼等の傍に立てり。 24:5彼等懼れて俯きたるに、其二人言ひけるは、何ぞ生者を死者の中に尋ぬるや、 24:6彼は此處に在さず、復活し給へり。思出せ、未だガリレアに居給ひし時、如何に汝等に語りしかを。 24:7即ち、人の子は必ず罪人の手に付され、十字架に釘けられ、三日目に復活すべし、と曰ひしなり、と。 24:8婦人等此御言を思出し、 24:9墓より歸りて、一切の事を十一使徒及び他の人々に告げたり。 24:10使徒等に告げしは、マグダレナ、マリアとヨハンナとヤコボの母マリア及び伴へる婦人等なりしが、 24:11其言荒誕の様に覚えて、使徒等は之を信ぜざりき。 24:12然れどペトロは起ちて墓に走行き、身を屈めて唯布のみ置かれたるを見しかば、有りし次第を心に怪しみつつ去れり。 24:13然て同日に弟子の二人、エルザレムより約三里を隔てたる、エンマウスと名くる村に往く途中、 24:14此起りたる凡ての事を語合ひ居たりしが、 24:15斯く語合ひて僉議しつつある程に、イエズス御自らも近づきて、彼等に伴ひ居給へり。 24:16然れど彼等の目は之を認めざる様、覆はれてありき。 24:17斯て彼等に向ひ、汝等が歩みながら語合ひつつ悲しめるは何の談ぞ、と曰ひしかば、 24:18名をクレオファと云へる一人答へて云ひけるは、汝は獨りエルザレムに於る旅人にして、此頃彼處に起りし事を知らざるか、と。 24:19イエズス何事ぞ、と曰ひしに彼等言ひけるは、ナザレトのイエズスの事なり、彼は預言者にして、言行ともに神と一般の人民とに對して勢力ありしが、 24:20我大司祭、及び首領等は、之に死罪を言渡して十字架に釘けたる次第なり。 24:21我等は、彼こそイスラエルを贖ふべき者なれと、待設け居たりしが、此等の事ありてより今日は早三日目なり。 24:22然て我等の中の或婦人等も亦我等を驚かせたり、即ち彼等未明に墓に至りしに、 24:23イエズスの御屍見當らず、而も天使等の現れて、彼は活き給へりと告ぐるを見たり、と云ひつつ來れり、 24:24斯て我等の中より或人々墓に往きしに、婦人等の云ひし如くなるを見しも、彼をば見付けざりき、と。 24:25イエズス彼等に曰ひけるは、嗚呼愚にして預言者等の語りし凡ての事を信ずるに心鈍き者よ、 24:26キリストは、是等の苦を受けて而して己が光榮に入るべき者ならざりしか、と。 24:27斯てモイゼ及び諸の預言者を初め、凡ての聖書に就きて、己に関する所を彼等に説明し居給ひしが、 24:28彼等其之く所の村に近づきし時、イエズス行過ぎんとするものの如くにし給へるを、 24:29彼等強ひて、日既に傾きて暮れんとすれば、我等と共に留り給へ、と云ひしかば共に入り給へり。 24:30斯て共に食卓に就き給へるに、麪を取りて之を祝し、擘きて彼等に授け給ひければ、 24:31彼等の目開けてイエズスを認りしが、忽ちにして其目より消え給へり。 24:32彼等語合ひけるは、路次語りつつ聖書を我等に説明かし給へる間、我等の心は胸の中に熱したりしに非ずや、と。 24:33時を移さず、立上りてエルザレムに歸れば、十一使徒及び伴へる人々既に集りて、 24:34主實に復活してシモンに現れ給ひたり、と云ひ居れるに遇ひ、 24:35己等も亦、途中にて起りし事、及び麪を擘き給ひし時に主を認めし次第を語れり。 24:36此等の事を語る程に、イエズス其眞中に立ちて、汝等安かれ、我なるぞ、畏るること勿れ、と曰ひければ、 24:37彼等驚き怖れて、幽霊を見たりと思へるを、 24:38イエズス曰ひけるは、汝等何ぞ取亂して心に種々の思を起すや。 24:39我手我足を見よ、即ち我自身なり、撫で試みよ、幽霊は、汝等が我に於て見る如き骨肉ある者に非ず、 24:40と曰ひて手足を彼等に示し給へり。 24:41彼等歓喜の餘に驚嘆しつつも、猶信ぜざりければ、イエズス、茲に食すべき物ありや、と曰ひ、 24:42彼等焼魚の一片と、一房の蜂蜜とを呈したるに、 24:43彼等の前にて食し給ひ、殘を取りて彼等に與へ給へり。 24:44然て彼等に曰ひけるは、是我が未だ汝等と共に在りし時に、モイゼの律法と預言者等の書と詩篇とに、我に関して録したる事は、悉く成就せざるべからず、と汝等に語りし事なり、と。 24:45是に於て聖書を暁らしめん為に、彼等の精神を啓きて曰ひけるは、 24:46録されたる所斯の如く、又キリストは苦を受けて、死者の中より三日目に復活すること、斯の如くなるべかりき。 24:47又改心と罪の赦とは、エルザレムを始め、凡ての國民に、其名に由りて宣傳へられざるべからず、 24:48汝等は此等の事の證人なり。 24:49我は父の約し給へるものを汝等に遣はさんとす、汝等天よりの能力を着せらるるまで市中に留れ、と。 24:50イエズス終に彼等をベタニアに伴ひ、手を挙げて之を祝し給ひしが、 24:51祝しつつ彼等を離れて、天に上げられ給ひぬ。 24:52彼等之を拝し奉り、大いなる喜を以てエルザレムに歸りしが、 24:53其より常に[神]殿に在りて、神を頌賛し且祝し奉りつつありき、アメン。