馬可聖福音書叙言

(一)記者。第二福音書の記者マルコ、一名ヨハネの事跡は、使徒行傳、及パウロ書簡の中に見えて、エルサレムに在りし母の家が教會所に宛てられし事、ペトロが天使に因りて監獄より救出されたる時、直に其家に入りし事等を載せたれば、其一家が使徒等に愛せられし事推して知るべし。彼はバルナバの從弟にして、パウロ、バルナバが兩人の第一回傳道旅行に随ひしが、マケドニア國の布教に從ふ事を否みし為、一時バルナバとパウロとの争論の種となり、遂に兩人手分して布教するに至れる次第は、使徒行傳十五章の終に見えたり。然て暫くバルナバと共に布教し、又再びパウロと會ひ、古傳の一定して語る所によれば、特にペトロの友とも弟子とも初期ともなりて、遂に下エジプトに布教し、アレキサンドリアの教會を設立して、其處にて殉教せしものの如し。

(二)組織。本書はイエズス幼年時代の事跡を措きて、専其公生活を述べ、大體は三篇に分たる、第一にはイエズスの公生活(一章乃至十章)、第二にはイエズスの最後の週間の事柄、及受難(十一章乃至十四章)、第三にはイエズスの復活及昇天(十六章)を述ぶ。詳細は目録に就きて見るべし。

(三)目的。聖マルコが福音書を書きたるは、聖マテオがユデア人の為にせると其目的を異にし、ロマ信者又は異教より歸依したる人々の為なる事は、独り諸傳の之を證するのみならず、亦自本文の上に明なり。即ヘブレオ語、又はユデア地方の習慣を記す時は之に解釈を下し、モイゼの律法、ファリザイ人の風俗、又はユデア人のみに関する事は之を載すること多からず、舊約聖書を引く事も少く、イエズスの奇蹟を述ぶるに専にして、其説教に至りては、往々之を省略し去りて、世の終に関することを少しく述べたるに過ぎず。

(四)特色。行文の簡潔にして活氣に富めることは、マルコ福音書の特色として殊に著しきものなり。諸家の傳ふる所によれば、其記事専ペトロの口述せる所を綴りたるものなるが故に、特にペトロの事跡に精しけれども、其名誉となるべき事を載せず、然れば、ペトロの物語れる事實を、ロマ人の頼によりて、マルコが記述せしものなるべし、と云ふ。

(五)年代。は審ならず。紀元四十二年乃至四十四年頃の述作なるべしとも云ひ、或は七十年以前ならんとも云へり。